2002/11/15(Fri)AgMo=10.3
     -其の三・1870~1871-
     1870(明治3)年 7月10日。民部・大蔵省を分離して民部省に土木司・駅逓司・鉱山司・通商司の他、庁訟掛・鉄道掛・燈明掛・伝信掛・社寺                       掛・横須賀製鉄所掛の4司6掛を設置。              〃年 〃月30日。鉄道掛出張所を大阪と神戸に設置。総称を関西鉄道局と命名。大阪は天満堀川の元備前藩邸を事務所とし、神戸は                       元イギリス領事館へ事務所を置いた。また、この日より大阪~神戸間の測量を開始。              〃年 8月24日。特例弁務使一行が、イギリスのオリエンタル銀行を訪問し、委任事項の受諾を要請。              〃年 〃月29日。伊達宗城大蔵卿・大隈重信大蔵大輔・伊藤博文大蔵少輔の3氏が連名で、オリエンタル銀行宛に書簡を送り、道床                       の枕木は国内産木材を用いたいと希望。              〃年 〃月30日。大阪と神戸の両停車場の位置を決定し、周辺の居住者に対して立退手当てを公告。また、浜離宮付近の兵部省用地                       の引渡しを受ける。大阪駅は堂島河畔。
             〃年 9月16日。オリエンタル銀行は、委任事項を受諾。              〃年 〃月27日。オリエンタル銀行頭取・C,G,F,スチュアートが、ホレーシオネルソンレーとの解約に関して示談交渉を進め、                       10月14日付けの解約の示談が成立。              〃年10月 5日。新橋~横浜間の東海寺裏第11号橋梁の工事に着手。              〃年 〃月10日。新橋~横浜間の六郷川橋梁本橋の工事を着工。全長623.6mの内、本橋の114.5mには径間16.5mのヒノキ                       製ラチス形構桁7連を架設。              〃年 〃月20日。品川の八ツ山及び御殿山の切取掘削工事に着工。
             〃年 〃月24日。大阪~神戸間の石屋川トンネルの掘削工事に着工。長さ61mで単線断面に円形。日本初の鉄道用トンネル。              〃年 〃月25日。高輪海岸の築堤工事に着工。また、鉄道用1フィートを1尺4厘と定める。              〃年11月 上旬。新橋~横浜間のレール敷設工事に着手。レールはイギリスから輸入。1本当りの長さ7.3m、重さ21.4kg、                       の鍛鉄製双頭レール。単線で軌条の延長31km余、国産枕木を使用。              〃年 〃月 中旬。太政官布告で鉄道員の制服様式を欧洋式として雛型を示す。また、大阪~神戸間を直轄方式で建設工事を着工。              〃年 〃月 下旬。大阪~神戸間の十三川橋梁と武庫川橋梁及び神崎川橋梁を着工。中でも十三川橋梁は日本初の鉄道鉄橋。
             〃年12月 2日。工部省の提旗は、白地に赤で"工"の字を書くことと定める。              〃年 〃月13日。工部省庁舎は、それまでの皇居内から東京木挽町5丁目の元外務省跡へ移転し、鉄道掛も築地から同庁舎へ移転。              〃年 〃月 中旬。小田原藩の石山を工部省の管轄とし、産出石材を鉄道建設に充当。また、職務中の従事員や作業員に対する死傷手                       当支給内規の制定を、鉄道掛が工部省へ要請。日本初の労災規定の格子。              〃年 〃月 下旬。建築師長・エドモンドモレルは、参議・大隈重信に宛て明治3年の鉄道工事に関して報告。雇外国人による最初の                       鉄道事業報告。タイトルは『Japanese Imperial Goverment Railways Yearly Report for 1870』      1871(明治4)年 1月 上旬。兵部省が海軍所と協定の上で、品川7番砲台の一部を壊して基礎の石材を鉄道工事資材へ流用。
             〃年 2月24日。横浜停車場(現:桜木町駅)の本屋建設工事に着手。              〃年 〃月 中旬。新橋~横浜間の鶴見川橋梁に着手。              〃年 〃月 下旬。高島嘉右衛門が、横浜停車場地先の海面100k㎡を埋立を竣成し、鉄道敷地と国道を献納。以降、高島町と命名                       される。              〃年 3月 9日。太政官が、京都~敦賀間の測量着工を工部省へ通達。              〃年 〃月 中旬。横浜停車場地先の海面を更に100k㎡埋立て、鉄道用地に充てることに決定。