願成寺住職 南です。
お久しぶりです。
1か月ぶりの投稿です。
今日は「別れと新たなスタート」について書きます。
4月は新年度の始まりと言われます。
皆さんもそれぞれの立場や場所で別れと新たなスタートを切られていることと思います。
私もこの4月は自分にとって「別れと新たなスタート」の時間になりました。
2017年4月1日。
師匠である祖父を見送りました。
世寿93歳の大往生でした。
思い返せば、会議中に祖父が脳梗塞で倒れたのは16年前の同じ桜の時期でした。
当時、都内の大学3年生だった私は、連絡を受けると東京からトンボ返りし搬送先の病院に直行しました。
数か月ぶりの再会でしたが、集中治療室のベットの上には変わり果てた祖父の姿がありました。
「余命半年だと覚悟してください」
主治医の先生からの言葉を待たずとも、命の期限が刻一刻と祖父に迫っている事実を実感したのを今でも覚えています。
あれから16年。
祖母の献身的な介護。
多くの方の祈りと願い。
西洋医学の常識を超えた奇跡の回復力。
様々なものに支えられて命の灯を燃やし、今日まで願成寺と家族をずっと見守り続けてくれました。
ただ、亡くなる直前まで食欲もあり、もしかしたら100歳の大台も夢ではないと言われていたほど元気だった祖父でしたが、最期はまるで何かに導かれるように突然の旅立ちでした。
「人の死やそのタイミングには必ず意味がある。
だから、残された家族や親族はその死の意味を深く問い、明日からの生きる糧にしていくことが大切なんだ」
幼少の頃に両親を亡くし、僧侶の道を進んでからも長年に渡りたくさんの方々の旅立ちを見送ってきた祖父は、よくこんなことを言っていました。
であるならば、私にとって祖父の死の意味は何だろうか。
祖父の死から今日までずっとそれを自分に問ってきました。
昨年一年。
それは私にとって本当に辛い一年でした。
今まで積み上げてきたものや良かれと思ってしてきた決断をすべて否定され、信じていた人からも裏切られ、ずっと支えてきてくれた大切な人たちとやむを得ず離れざるをえない状況まで追い込まれました。
公私共に非難の嵐にさらされ、恥ずかしながら、坊さんをやめて願成寺を出ようと何度思ったか分かりません。
でも、その度に、「師匠である祖父の顔に泥を塗ってはいけない」と自分に言い聞かせ、思いとどまってきました。
そんな私の苦しみを、心配をかけまいと私が話さずとも、病床の祖父は全部わかってくれていたんだと思います。
そして、私の苦しみのすべてを師匠である祖父は全て引き受け、旅立って逝ってくれた。
私がこの道で再び新しいスタートを切れるように心から願いながら。
「坊さんの道は辛いことも多い。
でも、それ以上に、この道は喜びも多いぞ。」
今まで一度も、「お寺を継ぎなさい」「坊さんになりなさい」と私に強制したことがなかった祖父。
でも、アメリカから願成寺に帰ってこの道を進むと決めた時、誰よりも喜んでくれたのは他でもない祖父でした。
そんな祖父が満面の笑顔で私にかけてくれたこの言葉は私にとっての道しるべでありお守りです。
だから、祖父を信じて、この道の喜びを信じて、偉大な師匠の背中を自分らしくこれからもずっとずっと追いかけていきたいと思います。
それが、最初で最後の師匠への恩返しと信じて。
