「健康でいられればいい」という言葉への違和感
お客様からよく耳にする言葉があります。
「私はもう、綺麗とかそういうのはいいから…
とにかく健康に、元気に過ごしたいんだよね」
この言葉に、私はいつも少し違和感を覚えます。
健康で、溌剌としている人は
肌にハリや艶があり、血色がよく、
その人の存在そのものからエネルギーを感じる。
そんな人を見て、
「魅力的だな」「綺麗だな」と
感じない人はいないはずです。
プロポーションも同じです。
骨格が定位置に戻り、
必要以上の緊張や無駄な脂肪が減れば、
見た目と健康は自然とリンクしていく。
それなのに、
「スタイルが良くなること」
「綺麗であること」を、
どこかで自分に許可していない人がとても多い
だから私は思うのです。
本当に健康になりたいと願うなら、
同時に“綺麗になっていい”という許可も
自分に下ろしてあげないといけない。
「健康になりたい」という言葉の裏側
ここで、もう一つ大切な視点があります。
「健康になりたい」と強く願うことは、
裏を返すと
“今は健康ではない”という前提を、
自分自身に刷り込み続けている状態でもあります。
心理学では、
こうした無意識の刷り込みを
暗示と呼ぶこともあります。
願えば願うほど、フォーカスされるのは
「まだ足りない自分」。
そして
「いつか健康になりたい」と
願い続けている自分が、
叶えられていきます。
それもまた、ひとつの“願望実現”です。
人は、
当たり前にあるものに
感謝をすることはあっても、
すでに健康な人が、
健康であることを
願い続ける必要はありません。
「ああ、今日も健康で嬉しいな」
「健康でいられるって、ありがたいな」
ただそれが、
当たり前の状態として
そこにあるだけ。
健康という位置づけ
本来、健康な状態とは
マイナスでもプラスでもない、
ちょうど真ん中。
シーソーが
どちらにも傾いていない、
あの一瞬の位置。
私はそこを、
カラダのデフォルトポジションだと
捉えています。
そこから、さらにほんの少し
プラスに振れた状態。
それが、
私の感じている
「ビューティーのエリア」。
巡りがよく、
運気まで上がっていくようなカラダ。
だから私は、
美容として
カラダに向き合う仕事をしています。
そのために必要なのは、
無理に頑張ることではありません。
頑張りすぎる時間も、確かに楽しい。
でも、ずっとアクセルを踏み続けるカラダは、
活性酸素が増えて、老化しやすくなるのも事実![]()
だからこそ、
「力を抜いた状態で整うキレイ」の感覚を
一度、知ってほしいのです。
まずは、
行動の前に問いかけてみてください。
今、私のカラダは
どこに向かおうとしているのか?
そして、
本当はどうなりたいのか?
現在地を知ること。
それを知っているかどうかで、
これから選ぶケアも、
カラダとの向き合い方も、
大きく変わっていきます。
頑張らなくても、
自然に戻れる場所が
あなたのカラダにも、きっとあります。
その感覚が
「あ、そういうことか」と
腑に落ちる体験を、
ぜひ一度、味わってみてください。
不定期ではありますが、LINE公式でも



