自己プロデュースコースの課題、ストーリープロフィールを書いています
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猪口スタイル~短大編①~
合格通知は頂いたものの、入学式の案内がきません![]()
おかしい。間違いなく私は合格しましたよね??
合格通知を穴があくほど何度も眺めてみる。
学校に問い合わせたところ・・・
「入学辞退ではないですか?入学金は納入されましたか?」
私の母、入学金納入したけれど、その後納入しましたという書類を送って
いなかったらしく、学校側は入学辞退と判断していたのだそう![]()
すわ、さすがに見送りか。。。というところで、
ぎりぎりなんとか入学できる運びとなりましたが・・
(なんか、こういううっかりさんのとこ、私と母似てます
が、まさか、確信犯じゃ
ないよねと、いまだに少し疑問に思っていますけど)
なので。。。
私の学籍番号は、一番最後![]()
旧姓はサ行なんですが、私はワ行のワクイさんの後。もろ、追加された人![]()
友達からは「補欠入学」「おまけ入学」と笑われ続けた学生生活。
でも、ここは最高に楽しかった![]()
まず、住むところ。
学校には素敵な寮があったのに、この出来事のおかげで、入寮が間に合わず、
私は「長浜荘」という昭和の雰囲気漂う学生会館に住むことになりました。
学生会館というと、聞こえがよいのですが、大家さんが自分の家の敷地内の
建物を寮として使用できるように改築して学生に開放してくれてた建物。
場所は横浜、山手のほうあったので、街の雰囲気はすごく好きでした。
キッチン、食堂、お風呂、トイレは共同。1階と2階で合計14部屋くらいかな?
個室があって、近辺の女子学生が住んでいました。
古い建物だったけど、哀愁漂う?窓からは遠く海が見える時があって、
この横浜の雰囲気が私は大好きでした。
大家さんは母屋で俳句を教えていらっしゃって、そこに小田和正さんの
お母様が習いにこられていたり、お隣の大邸宅の洋館の奥様に御呼ばれして、
ティーパーティーの仕方や英会話を習ったり・・・
特派員をしていらっしゃったとかで、海外の話をたくさん聞かせてくださいました。
大きなアフガンハウンドが2頭、家の中を走り回っておりました。
長浜荘には留学生も出たり入ったりしていたので、その国のことを教えてもらったり、
お料理を教えてもらったり・・
本当に楽しい学生生活を送ることができました。
毎晩私の部屋に遊びに来ていた、横浜市立大学の中国人の留学生には、
ほとほと疲れましたが![]()
勉強も楽しくて、成績もよかったな~
一応ですが、教職課程もとって、
教員免許も取得しました。
当時は「女子大生ブーム」で、女子大生というだけでちやほやされたし、
コンパもしたし、ラケットボールという当時オシャレなスポーツのサークルにも
入ったし・・
お金持ちのボンボンのBFにクルーザー
に乗せてもらったり、
休みの日には鎌倉や湘南の海岸で遊んだり。。。
山中湖や河口湖にドライブ行ったり。。。![]()
バイトしたお金で海外旅行に行ったり。。
私、サザンとユーミンが大好きで、歌に歌われている横浜の倉庫とか、
ホテルとかに行ったり、お芝居みたり、映画のエキストラに参加したり。
あ~~、そういえば、松田聖子さんが、うちの学校近辺に映画のロケに
来ていて、そのときはじめて生聖子ちゃんを見て、かわいい~って思った。
はは、ミーハー。
その後、彼女が飛行機に乗るときに、自分がアテンドしたりするなんて夢にも
思わなかったけどね。
人生とは、面白いもの。。。だね。
今、どこに戻りたいかと聞かれたら、やっぱり短大時代かな~。
バイトも女子大生ってだけで、すごく時給もよかったのよ。
あ、ショールームの受付嬢でしたけどね。
そして、楽しい時間も限りがありまして、
今度は就職と言う現実が・・・・・
>>>>続く・・・・