自己プロデュースコースの課題、ストーリープロフィールを書いています
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さて、高校に入学した私
勉強もスポーツもそこそこ盛んな県立の、まあまあ進学校でした。
高校は陸上部に入ります。
バレーボールではどんなに頑張っても、県大会すらいけなかったのです。
父が言いました。
「みんなで頑張っても勝てないものに力入れるんなら、一人で簡単に勝てるもの
やったほうがよくないか?」
振り返ると、父はなんでも一番がすきでしたね。
私も一理あるなとは思ったので、すんなり陸上部への入部を決めました。
当時、高校の陸上部には、短距離で国体優勝したすご~く有名な先輩がいました。
そんなすごい先輩と一緒に走れるなんてとわくわくしたのもつかの間、
これまで特に苦しい練習をしたこともなく、そこそこ進んできた私。
努力で速くなったんじゃなく、たまたま速かっただけ。
高校での陸上の練習は、まじできつかったです。
毎日、本当にしんどかった。
努力してまで、速くなんかなりたくないってそう思いながらも、辞めることもなく練習に参加
していました。
自分でも、まじめに練習したり、努力したりすることが大嫌いなんだってことに
気が付きましたよ。
部活はきつくて、勉強もやりたくない。家に帰ったら速攻寝る。
成績はがた落ち・・・・![]()
学校の行事にも積極的にかかわったりもせず、大勢の生徒の中に埋もれる学校生活。
自由な校風なだけにやった人、やらなかった人の差は歴然。
全く勉強しなかったです~![]()
高校の時のよい思い出は全くなくて、覚えているのは、学際でみんなが盛り上がって
いるのに、なんかついていけないクラスの女子5人がなんとなく集まり、
「私達、凡人だよね~」と言いながら、「5凡人の会」というのを作って、
いつも5人で集まって遊んでました。
ロミちゃんって子のおばあちゃまのお家、すごく素敵な洋館を開放してくださったので、
そこにみんなで溜まって遊んでいました。ただ、喋ってただけですけどね。
不思議なことに、5凡人会は、今でも続いています。(笑)
陸上の練習はいやいやながらやり続けていたにもかかわらず、3年生の時には、
インターハイ(全国大会)に出場したり、県の大会で優勝したりと、
まあ、それなりの成績をおさめてはいました。
修学旅行は秋の国体と重なっていたので参加できなかったし。
なんか、つまんない高校生活でした
そんな私、3年生になって、みんなが進路のことを語りだすようになったとき、
このまま陸上やってて、私は将来何をやってくんでしょう?
インターハイに出場したからといって、何になれるわけもない。
嫌というほど、練習をしてきたので陸上は大学まではやりたくもない。
「何もないよ、自分!!」どうしよう??とはじめてあせり出しました。
親は私の進路に関して、なんのアドバイスもしませんでした。
これは今考えるとすごく不思議。
スタンダードな道は、国立大学に進学して教師の道。
田舎で企業もないから、公務員か教師の選択しか思いつかなかった。
そういえば、部活の友人4人はみんな学校の先生になってる。
私、何にも進路考えてなかったし、勉強もしなかったし・・・
何してたんでしょうね??高校時代。
部活が終わったときは、もう手遅れだったのです。
受験した国立大学は見事に落ちてしまいました。はじめての挫折・・・・
>>>>続く