怯えてるところに暴力はあらわれる | 夢はなくとも 希望はなくとも 

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「誰も奪いに来ない」

 

 

堀内さんの

この新刊の中で、

 

 

「いじめに遭っていたのは怯えていたから」

みたいなニュアンスの記述がありまして。

 

 

たしかにそうだなと

僕も思うんですね。

これは、

いじめや暴力が

「振るわれる側」に

原因があるんだとか

そういうことを言いたいのではないので、

そこんところは

はっきりさせておきたいのですが。

 

いじめる側・暴力をふるう側

いじめられる側・暴力をふるわれる側

 

という

対立の構図で見ると、

善悪の判断が

起きてきてしまうと思いますが、

そういう現象としてだけ見た場合に、

たしかに

怯えていると暴力をふるわれる

ということは

あるのかなと思います。

 

 

ウエダミツトシです

こんにちは

 

 

なんていうのかな、

低いところに水は流れる

みたいなもので

怯えているところに暴力があらわれる

って感じです。

 

 

いや

悪いよ、

良い悪いで言うんだったら、

暴力をふるう側が悪いのは、

それはそうなんだけど、

良い悪いの判断軸で

話しを展開していくと

泥沼にはまっていくし、

そもそも、

その現象って

なくならないと思うんです。

 

 

そうじゃなくって、

低いところに水が流れるように

怯えているところに

暴力があらわれるんだとしたら、

まずは何よりも先に

 

怯えるのをやめること

 

が先決じゃないかと思うんです。

 

 

たしかに

怯えているその人は、

何もしてないのに、

理不尽な目に遭ったりだとか、

嫌なことを言われたりだとか、

八つ当たりかもしれないけれど、

嫌な経験をしたんだろうと思います。

 

 

それが先にあった。

でも!

でもそれを

「今」に持ち込むと

それがまた

展開されてしまうと思うんです。

 

 

何が嫌な出来事があった

またそうなるのが怖くて怯える

怯えてるからまたそうなる

 

という

逆転現象みたいな感じで、

何かがあったから怯えてたのが、

それを

「今」にまで引きずることで、

今後の展開にも

嫌な出来事を

創り上げてしまうんです。

 

 

言ってる意味わかりますかね。

 

 

たしかに嫌な出来事は

あったかもしれない。

でもそれは、

「過去」のことであって、

「今」はそれは起きてない。

 

 

でも、

それを「今」に持ち込むことで、

また

怯えるような出来事を

創造してしまうんです。

 

 

ということはつまり、

目の前にある嫌な出来事とか状況は、

怯えるのをやめさえすれば止まるんです。

 

 

全部

自分でやってたんです。

 

 

目の前の人は

何も悪くないんです。

 

 

それに気づくために

「あえて」

汚れ役を引き受けてくれたのかもしれない。

 

 

それはもう

潜在意識のもっと深いところで

起きていることだと思うんで、

認知のしようがないのですが、

一旦

そのように考えてみて、

 

「あ、そうか、

 自分でやってたんだ。

 怯えるのをやめたらいいのか」

 

ってなると、

自然と

目の前の人の言動が

変わってくることは

よくあることです。

 

 

「怯えてるよ」

って

「何も奪わないよ」

って

「信頼して」

って

目の前の人は

言っているのかもしれない。

 

 

だから、

目の前の人を

なんとかしようとしても無駄です。

だって、

そうしてるのは

「自分」だから。

 

 

何度も言いますが、

いじめらる側、墓力をふるわれる側に

原因があるとか、

悪いってことではなくて、

それを

「現象」として見た場合に、

水は低いところに流れるんだから、

そこに流したくなければ、

高くすればいいってことです。

 

 

怯えない。

 

 

怯えるってことは、

 

「この人は私から何かを奪っていく」

 

と思っている・信じている

そういう前提を持っている

ってことだと思うので、

そのものの見方を変えるんです。

 

 

何かを奪った?

本当に奪った?

 

 

「この人は奪う人」

っていう色眼鏡を付けていたら、

何をしても

そうしてくるように見えるわな。

 

 

その眼鏡、

一旦外してみたらどうや。

 

 

もしかしたらその人、

ただ単に

右から左へ

モノを動かしただけかもしれんぞ。

 

 

良い悪い

正解不正解

損得

奪う奪われる

白黒

0か100か

 

そういうものの見方で生きてると

自分がしんどいお。

 

 

かつて

あなたから

何かを奪っていった人は

いたかもしれない。

でも、

今目の前にいる人は

その人じゃない。

 

 

だからもう

怯えなくていいんだべ。

 

 

大丈夫よ。

あの人をなんとかしようとしなくても

自分が怯えるのをやめれば、

何も起きない。

 

 

っていうか、

今もなお、

何も起きていない。

 

 

水が流れてこないところに行けばいいだけ。

 

 

これは仕組みの話しなんで、

個別具体的に

 

「こうすればいい」

 

というのは言えないけれど、

目の前の人を

「奪う人」前提でいると

誰のことも信用できんし、

自分のことを

「私は理由なく奪われる人」という

セルフイメージを持っていると

そういう風にしか見えんしで。

 

 

こちらが怯えるのをやめて、

たとえ

嫌なことがあったとしても

そもそも私は

何も奪われない前提

でいたら、

動じることはなくなると思います。

動じる必要がないから。

 

 

まあ

そこには

 

「怖れ」

 

があるからなんだと思うんですけど、

怯えてるのを

少しずつでも

やめていけるといいですな。

 

 

恐怖ポルノに怯えるのを

早くやめよう。

全部、虚構だから。

 

 

《終わり》image

 

 

本を読んだつもりになる読書会『読演会』@大阪
 

【日時】

5月24日(水曜)14:00~16:00(開場13:45)

【場所】

大阪産業創造館6F会議室C(アクセス

大阪府大阪市中央区本町1丁目4−5

【参加費】

¥3,000(税込み)当日会場にて申し受けます

【定員】

20名様

【お申込み】⇒お申込みフォーム

 

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