今、問われているのは
いや
これまでもずっと問われ続けてきたことは
「それでもなお、お前は自分を信じるのか? それとも今まで通り、他人の言うことに従って生きるのか? どっちだ?」
ということなのかなと。
普通はこうだから。
常識的にはこうだから。
前例がないし。
あれはあの人だからできることだし。
怒られたし。
バカにされたし。
あーあ、アイツ終わったな、って言われたし。
反対されるし。
迷惑かけるし。
うまくいくかどうかわからないし。
大体、失敗ばっかりしてきたし。
あの人はこう言ってたし。
そう教えられてきたし。
自分のせいになるのイヤだし。
自分で決められないし。
うまくいっているあの人に決めてもらおう。
そうしたら、自分には何の責任もないし。
うまくいっているあの人の言う通りにしてもうまくいかなかったんだから、これは自分のやるべきことじゃないってことなんだろうし。
そうやって、いつまで他人に従い続ける?
いつまで他人のせいにして生きる?
いつまで自分の言うことや思っていることをバカにし続ける?
いつまで他人が作ってくれた安全なレールの上だけを歩く?
他人がお前をバカにしているんじゃない。
お前が他人に従うことによって、自分をバカにしているんだ。
何度でも問う。
お前の全存在をもって、自分の全存在に問うてみよ。
「それでもなお、お前は自分を信じるのか? それとも今まで通り、他人の言うことに従って生きるのか?」
お前の目に見えるこの世界がお前のやろうとしていることに反対したら、それをやめるのか?
自分を信じるのではなく、この世界に屈服するのか?
味方が一人もいなくても、誰からも応援されなくても、反対されても、それでもなお、お前は自分を信じるのか? それとも今まで通り、他人の言うことに従って生きるのか?
そこまで問わないと、自分の本心なんてものはなかなか認められないのかもしれません。
あなたは自分から何を問われていますか?