アークレジェンド数日後


リビングで、
録画したフィギュアスケートに観入っていた所へ
父が食事に来た時


以前の私ならしなかった

「何も動かさない」

をしていました。



父は始めひどく落ち着きなく動き回っていて
もうフィギュアに集中できないし


父も他の番組を観たいのかと思い
再生を停止しようと思ったら


フィギュアを観始めたので
一緒に観ました。


(もう内観状態で、スケートのことは何も覚えていませんが)


その後、ハートが熱くなっていたのは
父も私も、どちらも大事にしたかったという望みと
行動が一致できた喜びからでした。


以前なら、父の忙しなさにプレッシャーで負けて
私も焦りや衝動から何かしらの行動をして
後で自分を責めていました。


(録画は後でゆっくり観ようと、
停止して部屋を去るとか

父の動きが視界に入らないように
手をかざすとか)


大したことではないのかも知れないけど
自己防衛本能から
父を傷つけずに済んだことで
私自身の望みを大事にできたと感じ


それは、私は父のことを(できれば誰のことも)
傷つけたくないのだとも思った。


きっとそれは無理なんだろうけど
やっぱりできる限り嫌な思いをさせたくない。


その思いを大事にできたことが
嬉しかったという、ハートの熱い反応に


愛はここにあって
それだけで満たされていて


本来の私たちは愛そのもので
愛以外のなにものでもないと感じました。


大切にしたい人を大切にできたということが
=自分を大切にできたこと
なんだとすごく心地よかったんです。



私は多分、過去世で父の母という立場のときに
おそらく、支配やコントロールで父を苦しめてしまっていたような気がしていたので…


シスター時代の神父とのトラウマから
愛したいのに愛せない自分を責めていたと
封印解除のセッションでお聞きしていたから


本当に些細なことなんだけど
父を傷つけずにいられたことが、
やっぱりいちばん嬉しかった…



封印を解いてもらい、
アークレジェンドで自責と罪悪感を
解放してもらったことで

心にゆとりができたです。



自分を責めることは
人を責めることになり


人を大切にできることは
自分を大切にできること


あなたはわたし
わたしはあなた


なのですね。