2月11日は、
我が日本の
建国記念の日であり、
↑母のブログ↑
祖母の命日(2007年)であり、
僕以外の人が、
初めて美塾を開いた日(2009年)なのです。
実は、
祖母の命日のちょうど1年後の、
2008年の2月11日だったと思います。
母と台湾に行きました。
母が飛行機で、
「ねーヒロシ!目標設定しよ!」
と言ってきました。
飛行機で息子と目標設定をしたがる、
かなり変わった母です。
当時の僕は、
立てた目標は必ず未達成で、
目標を、見れば見るほどパワーを奪われる、
という経験しかしていなかったので、
いつもなら、
イヤだなーと思うのですが、
この日は何故か
「やってみようかな?」
という気持ちになりました。
そしてノートに
「らしさが美しいを文化に…。」
と書いたんです。
そこで、
「ところで、これってなんのこと
言ってるんだろう?」
「僕が何をしたら、美塾がどうなったら、
これが実現したって言えるんだろう?」
と掘り下げて、
考えることにしたのです。
そこで書いたのが、
「すべての街に当たり前に美塾がある状態。」
これを眺めてみたら、
「おーーーっ!
これが実現できたら、
らしさが美しいが
文化になってる気がする!!」
とその気になってきたのです!!
さらに、
「あ!これ実現してるのって、
公文式
じゃん!
よし!メイク業界の公文式のような
存在になってやろう!」
と、理念の目標化に一歩前進しました。
くもんは現在、
国内16300教室 151万人
海外8400教室 276万人
が学んでいます。
美塾もこのくらいになれば、
やった甲斐があるなと思ったのです。
当時くもんは55周年でした。
美塾の55周年は2060年。
僕が81歳の時までに、
この数字をクリアすれば良いのです。
そしてこれは僕の創業の目的に
オンラインの数字なので、
見ているだけで力がみなぎるのです。
そして、
81歳までにここに到達するためには…?
と、
60歳までにうんたらかんたら、
50歳までにうんたらかんたら、
と逆算をして、
各年代での目標を
落として書いていったところ、
2008年の今から、
講師の育成を始めないと
間に合わないことが分かったのです。
そんな風にして、
見事、自分の内なる想いからの目標設定を、
生まれて初めて成功させ、
達成感で隣の母を見たら、
ノートに突っ伏して
爆睡していました。
そして、台湾に着き、
ホテルに荷物を置いたら、
またしても母が、
「ねー、街を散策してみよ!」
と、
新婚旅行でワクワク全開の
新妻みたいな提案をするので、
ま、いいかと街に出ました。
そこで信じられない出来事が
起こったのです。
なんと、
亡くなった祖母(母の母)
にそっくりなおばあちゃんが、
ニコニコニコーーーー♫
と満面の笑顔で、
僕たちに向かって一直線に歩いてきたのです。
「日本の方?」
と聞かれた僕たちは、
2人してきつねに化かされたような顔をして
そのおばあちゃんとなんてことない会話をし、
「それでは♫」
と立ち去るおばあちゃんの背中を見送り、
そして同時に、
「おばあちゃんだよね?」
と言ったのです。
僕はその時、
おばあちゃんが、
僕を承認し、応援してくれるために、
1日だけ戻ってきてくれたんだと思いました。
「ヒロシちゃんの立てた目標。
あれで合ってるよー。」
と、言ってくれているような気がしたんです。
僕は講師を育てる決意を
固めることが出来ました。
そしてそれから、
ちょうど1年後の
2009年2月11日。
世界で初めて、
僕以外の講師が美塾を開いたのです。
これはどう考えても
偶然とは思えないのです。
おばあちゃん。
人のために生き抜いたおばあちゃん。
おじいちゃんの子供だけでなく、
孫の面倒まで見たおばあちゃん。
僕のことが好きで、
僕が実家に帰ると、
髪をブラシで整えてから、
居間に来たおばあちゃん。
いつも家にいない僕に
友達から電話があると、
「ヒロシちゃんとサクラは
どこに行ったか分かりませーん。」
と、飼い猫のサクラと僕を並べて
笑いを取っていたおばあちゃん。
意識が無くなってから2週間。
育ててもらった孫が
つきっきりで看病し、疲れてきた頃。
子や孫全員が悔いの無い看病を
させてもらえた実感が湧いた頃。
穏やかに息を引き取ったおばあちゃん。
最後の最後、
意識が無い中で声を出したのは、
育てた孫が泣きながら、
「俺頑張るから!おばあちゃん安心してね!」
って、叫ぶように本気で語った時と、
僕が初めておばあちゃんに
メイクをさせてもらった時。
この2回でした。
僕がおばあちゃんが元気な時に
1回もメイクをしてあげられなかったことに
後悔しないように、
「ヒロシちゃん!
メイクしてもらったこと、感じたからね!」
とでも言わんばかりに、
意識が無くなってからも、
声を出すのも孫のため、
亡くなるまで人のために生きた
おばあちゃん。
そんなおばあちゃんが、
命を終えた後も、
応援してくれている。
承認してくれている。
それが僕の勇気となり原動力となり、
今の美塾があるし、
今の自分があります。
今の美塾は、
2007年2月11日の、
飛行機で立てた目標と、
ほぼほぼ変わらない経過で
推移しています。
別に遅くなっても構わない。
大切なのは、身はギッシリか?
ということです。
明日も美塾。
来週には、
初めての海外(ベトナム)美塾。
1日1日を、
精一杯させていただきます。
そして、
最後に改めまして、
今日は日本の「建国記念の日」ですね。
僕は日本が大好きだし、日本語が大好きだし、
日本人が大好きだし、日の丸が大好きだし、
「君が代」が大好きです。
そして、各国が大好きだし、
世界中の人々が大好きだし、
地球が大好きです。
そして、
自分が日本人であることを誇りに思い、
これからも日本のため、世界のため、
全てのために、
これからも精一杯、生きてまいります!!