八月も末になり・・・とは言ってもまだまだ気温が高い日も多いけれど、そんな日々の中にも着実に秋を感じるようになってきました。

 

 





 

数年前の冬、奄美大島を旅したことがあった。

 

それは初めての日本の南国経験だったんだけど、普通に海に入れたし(現地の人はギョッとしていたけど!)驚くことに、花が咲いていたんです!!

 

八戸の冬に花は咲かない。少なくとも、日常の景色の中から花は消えてしまう。

 

その分家に飾る切花や、春先ホームセンターに花々のポットが並び始めるのが本当に大きな喜びであり楽しみに感じられるのだけど。

 

 

 

 

 

場所による四季の違いというものを、この時はじめて自覚しました。

 

そして四季がはっきりしていることは、自分が暮らしている東北の豊かな恵みなのだということを知ったのでした。

 

その時からよりいっそう四季が好きになった。

 

 

 

 

 

今しかない今の豊かさは朝、窓を開けながらちょうどいい涼しさの中でノートが書けること。風がとにかく気持ちいい季節です!

 

今はそんな中で毎朝ノートを書いて自分と向き合っています。

 



 

 

 

 

ノートを書くようになってからというもの、ノート仲間がたくさん増えました。

 

それも、同じ在り方を共有するノートブッカーたちです。

 

それは私がそれを学んで実践してきたからでもあり、発信してきたからでもある。気づくとここ数年で私のSNSはそのような人たちで溢れていました!

 

 

 

 

 

ある時ふと、そんな自分のSNSに違和感を感じるようになった。

 

もちろん「同じ在り方を共有している」というだけで、一人一人はまったく別の人間。

 

そんなことは当然分かっているのだけど、いつしか自然と「同じ在り方を共有しているノートブッカーだから安心だよね」という連帯感を握り締めるようになり、それによって自分の本音が打ち消されていったように思う。

 

 

 

 

 

本当は興味のない投稿

 

「惹かれる」ではなく「ノートブッカーだから」ではじまる人間関係

 

好みじゃない人

 

 

 

 

 

 

いつしかSNSがそういう繋がりだらけになっていて、自分の世界の質の悪さにがっかりしたんだよね。

 

とはいえ実は私は結構SNSを整えるほうで、定期的にフィードに何を残すかや繋がりも自己管理しているんです。

 

だけどそういう表面ではなく、もっと根源的な部分として同じ在り方を共有しているノートブッカーだから安心だよね」という連帯感を握り締めることを辞めたくなった。

 

 

 

 

 

その在り方だから、SNS以外の実生活でも「この人はノートブッカーだから大丈夫!」と、一緒にビジネスする相手を決めるようなこともあった。

 

そもそもなぜ安心なのかというと、ノートを書いている人は自分を知っている人だと思っていたから。

 

 

ビジネスの核にあるのは『想いや願い』であることが何より大切だと思っているし(もちろん経験するという意味では例えどんな在り方でビジネスしようと価値があるだろうけど、)私はそういう人と共創したい。

 

 

 

 

 

 

それからもう一つ、ノートを書いている人は自己完結できる人たちだと思っていたんです。

 

なぜこんなにも「ノートを書いている人は〜」シリーズがあるかというと(笑)

 

自分がそうだったから。

それに、そうだという在り方の発信をよく目にするから。

 

実際にノート仲間には感情の扱いが上手い人が多い。感情的になって外に向けて騒ぐとか、八つ当たりするとか、興奮気味とか、慌てふためくとかするんじゃなくて、一度ノートに持ち帰って「本音に辿り着く」というプロセスを踏んでから相手とコミニケーションできる人が確かに多いんです。

 

それは例えば「自分の気持ちを我慢して相手に合わせられるコミニケーション上手」みたいなテクニシャンとは全く異なる、本気のコミニケーション上手。

 

 

 

 

 

この在り方ってビジネスでもめちゃくちゃ大事で、そもそも一緒にビジネスをするというのはチームになるということで、

 

感情的になって悲観したり怒って攻撃したり、あるいは逆のパターンで相手を褒め称えたり恐縮している場合ではないのだ。

 

不毛なんです。

 

本音×本音は、願い×願いなので繁栄の発展しかしない。



 

 

 


 

そして私はそういうビジネスを望んでいるんだけど、最近までの私は「ノートブッカーだから大丈夫♡」という過信がとにかくすごくて、あまた数える失敗をしてきました😂

 

それを経て、今ようやく分かったんだよね。

 

ノートブッカーかそうじゃないかという線引きは不要です。と。

 

 

 

 

 

実際そうじゃなくても想いのある素敵なビジネスを展開している人はごまんといて、

 

というかすでにhappyにビジネスを成功させている人たちって

理屈で「女性性を土台に男性性を使って〜」っていうのを全然知らなくてもガッツリ体現者なんですよね。男でも女でも。

 

逆にいえば理屈でいくら知っていても、体現できていない人も多いな・・・というのがここ最近感じていること。(それはそれで価値ある現在地!)

 

 

 

 

 

 

自分の中でその線引きを無くしたら本当に生きやすくなったし、今まで自ら堰き止めていた出会いやルートがなだれ込んで来るようになった‼️それでますます「今まで不自然なことをしていたんだな」と感じる。

 

 

 

 

 

「ノートブッカーだから大丈夫♡」や、似たようなところで「女性起業家だから分かち合える♡」という線引きを手放します。





 

ここからはもっと広い世界で生きることに決めたよ。