こんな私でごめんなさい。




こんな私で、

生きててごめんなさい。




ずっと、腹のどこかでそう思っている、

その部分を

大いに刺激される出来事だった。




かつて、私の存在は

災厄で、禍事で、

だから、なるべくなるべく

周りに馴染むように

浮かないように

変な奴だと思われないように




そうやって

自分を3、4割は抑えて

生きてきたんだと思う。




そもそもは、

私が思ったことをそのまま表現すると

母親に愛されない、

そのことを察して以来、




親にさえ理解されない悲しみと

それでも自分を抑えられない衝動と

それによって湧いてくる罪悪感と




大なり小なり

そのことを繰り返しながら

私は、大人になっていった。




やがて

親であっても

私を理解する義務はないのだと

いうことを理解し




その部分を

自分自身で満たすことを

未熟ながら、つまずきながら

少しずつ実践していき




自己受容という課題について

おおかた、いいところまできた、

そんな近年だったと思う。





ここで、

最終試験みたいなことが

起こるなんてね。









映画『天気の子』を見たとき

私は、その衝撃的なラストのインパクトが

後々まで、強く残った。




自分の恋愛を成就させることで

世界は、未来永劫、雨が止まない。

二度と、晴れることはない。





それでも、

自分の恋を取るのか。





すごい問いだと思った。





私には、その選択は無理、

その時は、そう思った。





でも、

「毎日が雨」ということを

淡々と受け入れた人々は

案外、不幸そうでもなかった。






そして、今、

私が私を表現することは

きっと、それほどまでに大袈裟なことではない。





未来永劫、雨なんてことは、ない。





いつか、私が自分自身でわたしを縛った日から

大いに、自分を抑え込むように

思い込んだあの日から





もう、時代は変わった。

もう、なにも私を縛るものはない。





自分を縛ったこの手で、

再び、自分を解放する日。






そんな日が来たのかな。







すべてのことに、ありがとう。