いよいよ
パートの仕事も
残すところ今週いっぱいとなった。
といっても
今日はローテーションで休み。
一足先に
仕事を辞めたあとの生活を
体験してるみたいで
感慨深かった。
勤務は月〜金、
ローテーションでほぼ週一で
休みが回ってくるのだけど
(要するに週4〜5勤務)
メニューによってはすぐ休みが飛ぶし
誰か一人が怪我や病気をすると
途端にガチガチ休みなしローテに突入するのが
ほんとに嫌で、よくグレていた。
休みの希望があっても
その都度
当人と直接交渉しなければならないのが面倒で
次第に、割り当てられた休み以外の予定は
諦めがちになっていった。
なので、数少ない貴重な平日の休みは
ここぞとばかりに予定を入れ
よく出かけていた。
そんな感じだったので
今日みたいに何も予定がなく
家族を送り出した後は
一日パジャマで
ゴロゴロ過ごすなんて
もう記憶にないくらい。
私以外誰もいない昼間の家は
本当に静かで穏やかで
ツッコミを入れたくなるくらい
平和だった。
日光が差し込む明るいリビングで
誰にも邪魔されず
本を読んだり、スマホ見たり
眠たくなったら昼寝をして。
食べたい時に食べたいものを食べて。
もしも、
パートの仕事を辞める決断をしていなかったら
勿体なさすぎて
あれもこれもやらなきゃと焦って
こんなにも心からゆったりと過ごせなかっただろう。
でも、あと一週間たてば
またこんな日が
今度はいつでも
手に入れられるようになる。
私の覚悟次第では。
心の中に
こんな贅沢なことはない
こんな豊かなことはない
これがあたりまえの生活がしたい…
という概念が頭にあることは
気がついていたけど
それをはっきり言語化するのに
抵抗している自分がいた。
なぜなら
その気持ちに気づいてしまったら
そうせざるを得なくなるから。
それは私にはとてもおそろしいことだ。
前回の(と言ってもだいぶ前)
インスタライブで
「家計も支えなきゃいけないし…」
と口走ったことがあった。
その後
その言葉が私の中に逆流して
具合悪くなった(笑)
本心でもなければ
真実でもない。
二年前、
夫の部署が変わり
それまで休日出勤もある
とても忙しい部署だったのが
今度はゆったりとした部署に変わった。
それまで
余裕のある生活をしていながら
ここに合わせてはいけない
と、どこかで
いつかこの生活が崩れる不安を常に抱えながら
それでも
変えられずにいた。
その不安はあっさり現実のものとなり
結婚以来、
十数年専業主婦だった私は
久しぶりに社会に出た。
最初は家計を支えるつもりだったのに
体力的にきつい職場で
日数的には精一杯働いているのに
一向に黒字にならない家計
そのうち
気持ちの満たされなさもあり
私だって働いてるんだから!
と、どんどん外に出るようになった。
自分のバランスの取り方の不器用さに
苦笑いするけど
いつしか
聞いてもないのに
夫は当然のように
私に経済的補助を求めているだろう
自由にするには
自分で稼いでこなければ
と、自分で自分を縛るようになった。
それを!
そのがんじがらめになった思い込みを
1ミリずつ解いていく
死ぬほど避けてきた
コミュニケーションによって。
ほんとは
すぐにでも次のバイトを探すつもりだった。
でもふと、
それじゃあ、今までの生活と
そんなに変わらないかもしれないと
気づいてしまった。
今日感じた自分の希望を叶えるということは
体に鞭打って働くよりも難しい
そのいばらの道を進むことを
覚悟をすることなのだ。
もしかしたら
自由がなくなる(大きく減る)かもしれない。
そうやってようやく
自分を保ってきたのに!
でももう
まやかしの自立と引きかえに
自分の体の自由を差し出すような
働き方はできない。
答えは出てる。
あとは、勇気を出すだけ。
あー こわいぃーーーー
