ふと思った。

 

 

もし我が子がテーブルで食事をしていたとして

テーブルの上にボロボロ食べ物をこぼしたとする。笑

 

 

で、一緒に食事をしていた連れが、

「食べちゃえ~! テーブルの上だから綺麗、綺麗♪
大丈夫だよ」と我が子に言ったとする。

 

 

で、我が子がテーブルから拾って全部食べたとする。

 

 

さて、私はどう反応するか?

 

いつも私が彼らに伝えてきたテーブルマナーを

基準として考えると、

その経験(他の誰かがそれに反したことを教える)って、

「変なこと教えないでよ!」

とか「大人になってもやっちゃうからやめて!」と

感じる場合もあるし

 

 

反対に、「どうでもいい♪」

「食べちゃえー音符平気平気!テーブル綺麗よ~~音符」と

なる場合もある。

 

 

 

なにが言いたいかというと笑

 

要するに

 

結局全てが「人間力」。

 

 

きらーん同じシチュエーションで、

きらーん同じ言葉なのに、

何故イラッとして拒否反応を示すのか。心配

 

 

一方、テーブルにこぼしたご飯を食べることぐらい

何でもないよ~音符という事実を、我が子に伝えても

一切問題ないと感じて、安心してその場を楽しめるか。笑はっぴー

(自分も家とかなら食べちゃうし。笑)

 

 

この差って、とってもシンプルなんだよね。笑

 

 

母親は、自分のカラダから生まれた命に

自分が良いと信じる価値観だったり選択を、

日々こどもに伝えながら暮らしているわけじゃない照れ

 

 

なので、

「食べちゃえ~音符テーブルの上だし

綺麗だから大丈夫だよ音符」という言葉を聞いて、

瞬時に判断するんだよね。

 

 

この言葉は、我が子にとって

 

良いことか

悪いことかって。

 

じゃあ、何故同じ言葉を聞いて

2つの全く別の反応が生まれるんだろう。

 

それは、

発言者の「人間力」がキー。

 

その言葉を発した人物の

生き様。

 

生きる姿は、その人そのものハート

どう生きているのかキョロキョロ

 

きらーん発する言葉にどれだけ重みを置いて生きているのか照れ

きらーんどれだけ日々自分を生かしてイキイキ暮らしているのかラブ

きらーん自分がどれだけその人を尊敬しているのかおねがい

きらーん自分がどれだけその人を不快に捉えているのか笑い泣き

きらーんその人のテーブルマナーはどうなのかキョロキョロ

 

 

その言葉の発言者の生き様が不快なら、

我が子が、大人になってもマナーを守れず

周りの人を嫌な気持ちにする食べ方をして

しまうんじゃないか、と瞬時に不安に思うだろうし心配

 

 

その人の生き様が尊敬に値したり、

気持ちのよい食べ方をする人なら、

拾って食べることぐらい大丈夫よ笑

それをしてはいけないテーブルシチュエーションでは、

あなた達がとてもクールに食事を出来るオトコになることを

ママは知っているわ比呂になる。はっぴー

 

 

 

 

結局ひとは、

人間力に惹かれる比呂

 

そしてそこからたくさんの選択をするウインク重要

 

 

ハチャメチャな話だけど、

結局これも

人間力。笑

 

 

生き様はウソをつかないのだウインク

 

「どう」やるかより

「誰が」やるか比呂

 

 

 

恋愛もハート仕事もハート家庭もハート

おきらーんなきらーんじウインク

 

人間力は、

あなたの中にある♡

 

たいよう。たいよう。夏限定たいよう。たいよう。

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