私の、小学生・中学年時代(3-4年生) | カズ2998のブログ

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自己紹介:既婚の、普通のオジサンです。ASD関係や闘病記関係をフォローさせてもらってます。
・人のブログを読むだけでは覗き見っぽくて恐縮なので、ここでは、ASDグレー系な性格の自分の半生記や持病の喘息関係などを、自己紹介替わりにポツポツとアップしてます。

このつたないブログを読んで頂いている皆さん、

明けましておめでとうございます。

また、読んで頂いてありがとうございます。

 

いくつかのテーマで、皆さんのブログを見させて頂いており、

タダ見では悪かろうと思い、自分のことを最近、この自分のブログに

書き綴っています。

 

 

さて今日は、私の小学3-4年生の頃について、

古い記憶を思い出しながら書いていきます。

 

 

1)身体面;三年生の2学期(9月)から、幼児期からの持病である喘息(「小児喘息」という診断名)が急に重症化し、それ以降、ずっと、小学校にも月の半分しか行けない状態が続いた。(喘息に関しては、別テーマとして改めて書く予定なので、ここでは簡潔にしておきます)

 

 

2)メンタル面;ともかく喘息の発作(重積発作;ひどい増悪期)に対応するのが一杯一杯だった。 毎日毎日、生き延びることだけで精一杯。

 まだ子供だったせいか、憂鬱感はあまりなかったが、楽しかった思い出は一つもない。

 

 4年生の頃、「こんなに苦しい毎日が続くなら、さっさとあの世に行けたら良いな」と、初めて(救済としての)「死」を意識した。

 

 

3)交友面;学校にも満足に行けないので、学校での友達はいなかった。体育も含め、運動もできないので、友達と遊ぶ、ということも無し。

頑張って登校しても、授業中に喘息の発作が起きて、早退することも多かった。

 

 

・・この喘息の悪化を契機として、人(同級生など)とかかわりあうことが非常に少なくなり、このことが、その後の自分の「非社交的な」性格形成に、重要な転機だったようにも思う。

 

 

4)勉強面;小学校にも月の半分くらいしか行ってなかった割には、勉強面での遅れはほとんどなかった。学校を休んだ日でも、喘息の調子がそれほど悪くなければ、パラパラっと教科書を見る程度で、まあままついていけていた。

 それ以外には、家にいるだけだと暇すぎるので、TV'(今のEテレ)で、化学などの番組(通信高校講座)を見ていた。

 また、3年生の頃から、当時購入するのが流行っていた「世界大百科事典」が、毎月1冊づつやってくるので、それを結構、読んでいた。

 成績面は、担任の先生がかなり配慮してくれて、中の上くらいの通知表評価にしてもらっていた。

 

 

 

※この期間と、その後の期間(5-6年生)は、普通の小学生が普通にやっていることがまったくできず、生きるか死ぬかという、かなり極限的な状況だった。

今になって振り返ると、このことが、その後の性格形成(発達障害的(ASD的)な部分)に、大きな影響を及ぼしたように思われる。

 

(「自分は、他の子とは全然違う人生を生きている」、という感じ)

 

 

 

読んで頂いてありがとうございました。

いつも、堅苦しい文章ですみません。私の性分なのでご容赦ください。