家の祖父、母親は、新聞配達の仕事をしていました。大変だと知ったのは、佐川に、勤めてから…。母親は、幼い頃から、お手伝いで付いて回ったと…。母親やだけを祖母が連れれていき、行きつけのお菓子屋さんで、母親だけに、寒天を食べさせてくれたそうです。我儘も、ダダを捏ねない事が嬉しく思い、自分のお小遣いで買ってくれたそうです。その話を何度も繰り返し聞きました。愛された事、愛する事を教えてくれた様に思えます。私も、障害年金の全てを入れて、我儘を言わない下の子の願いは何とか叶えてあげたいと思うので、解かります。下の子の心の成長がこんなに嬉しいだなんて…。で、新聞は、静岡新聞ではなく、中日新聞でした。静岡新聞では、読み難いと祖父が…。あっ、静岡新聞社にも伝があった!今は、どうでも良い話をしました。だから、長いのです。新聞配達の頃が!祖父は、片手だったので戦前には立てませんでした、らしい(笑)武器の工事に、行かされてたそうです。良く、戦争の話を聞いて、育った私は、教科書の違和感に気付いていたと思います。言い方は悪いかもしれませんが、私は、日本との戦争の話が好きでした。明治産まれの祖父は、全ての戦争を通ってきたと思います。祖父が教科書を見ると、GHQの司令でこんな事を教え込ませやがってと呟いたことを忘れられないのです。教授の、仰る話と合致がするのです!答合わせが出来ました!日本人の皆様、誇りを持って下さいませ!