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 昨日、東京・元赤坂の赤坂御苑にて秋の園遊会が開催された。

 長嶋茂雄や三浦雄一郎など訳800人が招かれ、天皇陛下や皇族と懇談した。

 しかし、そんな晴れやかで和やかな場の空気を一瞬変えてしまうような出来事が・・・。

 山本太郎参院議員が陛下に直筆の手紙を渡したのである。

 内容は原発事故による子供たちの被爆状況などについてだそう。


 この行動に対し、わざわざこの場で渡すべきではない。議員としてすることではない。ただ目立とうとしただけではないか、など辛口の意見が飛び交っている。

 私も、陛下は何度も現地に足を運ばれ状況はよく把握されているので手紙を渡さなくてもよかったのではないか。議会で発言すればよかったのではないか、と思った。

 しかし、今もメロリンQ魂は今も健在なんかなあと笑かしてもらった。

 笑うことでもなく、笑う場でもない。

 でも、一高校生が何者かになりたい、とある番組から飛び出してきたあの時の事を次々と思い出してしまったのである。


 二十数年前に、「天才たけしの元気が出るテレビ!!」という番組があった。

 素人参加型番組で様々なコーナーがあり、面白くて人気があった。

 そこで「ダンス甲子園」というコーナーがあり、山本太郎は友人たちと出場した。

 チーム名は「アジャコング&戸塚ヨットスクールズ」。

 幼少時代、悪いことをすると親から「そんなんする子は戸塚ヨットスクールに入れるで!」と叱られていたからだそう。

 戸塚ヨットスクールは超スパルタの全寮制で、度を越えた体罰が何度も問題となり、亡くなった生徒もいた。ときたまワイドショーをにぎわしてもいて、子供ながらに恐ろしいところだと認識していた。だから我々世代の親には子供を躾けるときに「戸塚にいれるぞ」と言っていた人が結構いる。


 アジャコング&戸塚ヨットスクールのダンスは上手くはなかった。ダンスというよりもパフォーマンスという感じであった。

 体中にサラダオイルを塗りたくり競泳用パンツに競泳用帽子といういでたちでへヴィメタの曲をバックに変なダンスというか動きをしまくって暴れまくり、最後に「Q!!」と叫ぶ。

 なんじゃこりゃ、と思ったがなんかおもろい。しかし男前やのになんでこんなことしとんやろ?とも思っていた。


 いつしか彼らの出演を心待ちにするようになってしまった。視聴者は大体、同じような事を思う。そう、彼らは人気者になったのである。

 その後、山本太郎だけ俳優の道へ進むこととなった。

 メロリンQは封印されたものの、破天荒でクレイジーなところは失わなかった。

 だけどその頃から様々なことに興味を持ち、色々な本を読み、社会や世間の流れなどもよく見ていた。何かする人だとその時から感じていた。

 

 そして東日本大震災後、山本太郎第Ⅱ部は始動した。

 日本のエネルギー問題、ズバリ原発のことで動き始めたのである。これ以上汚染してはならないという思いで。

 

 私も日本はエネルギーについてもっと考えて行かなくてはならないと常々思っていた。石油やガスなど輸入に頼っていると外交が立ち行かなくなれば、経済も生活もたちまち行き詰ってしまう。

 船で搬送するときに海賊の出る海域では米軍に警備してもらっているとも聞いたことがある。

 だから、作ることが最善策かなと考えていた時期もある。安全神話も鵜呑みにしていた。

 しかし福島の事故で色々と考えさせられ、過去の海外の事故や安全性や機能などについて色々本を見てきたが、私なりに推進はしたくないという結論を出した。脱、に成功した国もある。

 

 それでとりあえずできることから始めた。節電である。

 以前から節約のためにやってきたことなので苦にはなっていない。家電買い替えの時は多少高くても節電タイプを選ぶつもりだ。


 この一件で感じたことは、受け取った情報だけで判断してはいけないということ。情報に振り回されないことも大切だが、疑問を感じたり、少しでも納得がいかない時は調べようと思った。

 思い込みという固い殻を時には壊すことも大切なのである。


 山本太郎は昔も今も熱い。

 今回の件も思い込みが激しすぎたような気がしないでもない。

 だけど今後、Q!!の勢いが良い方向に向けて発射していけたら、と思う。

 特に熱心なファンでもないが、ダンス甲子園のあの時のメロリンQが忘れられない。彼にとって消し去りたい過去かもしれんが。

 これからもめげずに頑張ってほしいものだ。