今日は妹と
御徒町のGUへ行ってきました。
お目当ては

GU×UNDERCOVER

あまり興味がなかったのですが
妹が行くと行っていたので、一緒に行ってみました。
12:00過ぎに着いたのですが
まずは整理券を持ってる方のみだったようで
14:00から一般公開とのことで
とりあえずお昼を食べに行きましたっ
妹お気に入りのお店
egg baby cafeさんへ


たまごとファーマー野菜のパワーサラダ
自家製パン
をいただきました
お店の名前から当然のごとくメインはたまご料理なのですが
実はみくさん
たまごが食べられないのです(;ω;)

たまごは妹に食べてもらいました(笑)
美味しかったなあ
デザート食べたかったけど、かなりお腹いっぱいになってしまいまして
デザートはまたの機会に!

そして13:30過ぎに改めてGUへ行ったら
もうたくさんの方が並んでました。
いざ入場

スタイリッシュなデザインの中でレースを使っていたり
シルエットがきれいだったり
同じ色でさまざまな生地を組み合わせていたりと
すごく魅力的なお洋服ばかりでした。

買うつもりはなかったのですが
妹の「それいいんじゃない?」攻撃に合い
ワンピースとスカートをお買い上げ(*´ω`*)
ワンピースは赤を買いました。
単色なのですが、レースやプリーツがとってもおしゃれでお気に入りです。
もう少し暖かくなったら1枚で着たいな~
着いていって良かったー!!

センスの良い妹を持つと
姉は洋服に困りません(笑)

自分では絶対に選ばない洋服や色を
“似合う” “似合わない”の二択ではなく
きちんと理由を付けて教えてくれるのです

「お姉ちゃんの身長では中途半端に見える」とか
「デザイン的には良いけど、お姉ちゃんの顔の形とは合わないよ」とか
「その色だと顔がくすんで見える」とか
ただ似合わない、と言うのではなく
納得出来る理由を付けて選んでくれるんですね

妹はファッション系の有名な専門学校を出ています
高校3年生の時、進路でかなり悩んでいました
専門学校に行きたいと、前から思っていたようですが
成績も良かったため、推薦で大学にいった方が良いと周りは強く勧めたようです
あまり悩み事を相談しなかった妹が
(したくても私が忙しすぎてほとんど家にいなかった)
はじめて相談してきました

「どうせ同じお金を払うなら 本当に自分がやりたい道へ進みなさい
と この時だけは 姉面をして言いました

人が選んだ道へ進んだら、やっぱり合わなかった、となった時に、その人のせいになる。
大学へ行けとも、専門学校へ行けとも私は言わない。
最終決定は自分でしなさい
と強く言いました

それは自分の後悔があったから

私が高校受験の時
本当は行きたい高校がありました
ですが、家からも遠く、定期代もかかります
正社員ではない母
定年を迎え、再雇用で働くおじいちゃん
妹はまだ小学生でした

家族のことを考えると、とても行きたいとは言えず
市内の高校へ進学しました。
その理由も、市内の高校の中でも入学金が安かったから。

「行きたかった高校に行けていたらどうなっていたんだろう」
ずっと思っていました
今でもたまに思います
そして、父親がしっかりしていれば
行きたい高校にも行けたのではないかと・・・
別に私立を望んだわけでもないのに
公立高校すら満足に選ばせない思いをさせた自分の父親を
改めて激しく恨むきっかけとなってしまったのです
妹にはそんな思いをさせる訳にはいかない
何より自堕落にもほどがある父親と同じ血が流れていることが許せず、
父親とは真逆の人間でありたいと願い、昼夜問わずに働きました
妹の授業料の一部は私が払いました
「どんなに学校がしんどくても必ず卒業だけはすること、途中で投げ出すことだけは許さないからね」と妹に伝え

妹は私との約束をきちんと守ってくれて
雨でも朝早くから休むことなく学校に行き、卒業しました

こうやって洋服選んでくれたり
仕事の衣装も選んでくれたりします
行かせて良かったなあ・・・


当時は正直本当にしんどかったですが
今になって思えば良かったのかもしれません

GUの話からだいぶ逸れましたが

前にも書いたことがありますが
世の中の親御さん
“あなたの子供であることが恥ずかしい”
“あなたと血が繋がっていることが許せない”

子供からそう思われるような
そんな親にだけはならないでください
私は母を苦しめただけでなく
祖父母まで苦しめた父親のおかげで
結婚というものに夢を見ることは一切なく
誰かの元へお嫁に行くつもりはまったくありません


“こんな人が父親だったら幸せだったんだろうな”と
素直にそう思える人に 人生で2人だけ出会いました

親というのは
そういう人間がなるべきものです

私は本当に
あんな父親と血が繋がっていることが許せません
これからもずっと許せないのでしょう
「養育費は一円もいらない、その代わりに子供には二度と会わせない」ことを条件として母が離婚を申し立てた時
父親は一切反論することもなく、何にも言わずに承諾したのだとか

「この人は自分の娘に会えなくなっても平気なんだな」と母はそう思ったそうです

これはつい数年前に聞いた話ですが

こちとらあんたみたいな父親なんて
死んでもその先でも願い下げだよ