老女弁天様
浅草寺へお参りするとき、何度か鐘のある弁天堂へもお参りしていたのですが、
そこが、弁天様でも「老女弁天」さまだとは気がついていませんでした。
おそらく一度は、案内板を読んだはずですから知っていて、忘れていたのでしょう。
浅草寺へ参拝の後に、弁天堂へお参りしてきました。
白髪の老女弁天様を意識して、自分の歳と重ねながら(笑)
きっと、今、この歳だから気づかせていただけたのかも知れませんね。
今度は、弁天様の日にあらためてご挨拶に伺いたくなりました。
堂内での法要があるそうですし。
その夜、夢をみました。
といっても朝方の夢で、もう少し、というところで起こされてしまいました。
でも、とても気持ちが良い清々しい感覚が残っています。
クリスタルなのか、ガラスなのか、水なのか、何か透き通る透明なものに包まれて、
それが冷たくはなく、気持ちがいいのです。
そして何か言われたのか、姿が見えそうだったのか?
って、とこで・・・・・・あ~あ・・・なんだったのか?
水らしきものということは、弁天様にも観音様にも繋がりますし、
何かをお伝えくださったようにおもうのですが・・・・・・
そうそう、昨日の夕方に娘と孫が出先で見るからに若い子のお財布を拾い、
それを届けたそうです。
その後、もう一人の孫が映画を見た帰りに財布を落として、警察に届け、
映画館へもう一度戻り、尋ねました。
なんと!お財布が届けられていて、戻ってきました。
かなり凄いでしょ!
普通は、良いことをしたからといって直ぐに「お返し」はありませんし、
めぐりめぐって何かしら助けられるというものですが。
まさに、観音様のお導き、御慈悲かな・・・・・と、感じてしまいました。
ほんとに、ありがたいことです。
弁天山周辺のこと
浅草寺本堂の東南、伝法院の向かいの仲見世の軒が終わる裏側に
弁天山「時の鐘」があります。
この鐘楼は、弁天山という築山の上にあり、
鐘銘によると元禄5年(1692)5代将軍・綱吉の命により改鋳されたもので、
松尾芭蕉が「花の雲 鐘は上野か浅草か」と詠んだ鐘でもあります。
江戸時代には時報として使われていましたが、現在は毎朝6時のみ鳴らされています。
「関東3弁天」の1つとされている小山の上の「弁天堂」は、ご本尊が白髪のため
通称「老女弁天」と呼ばれ、巳の日の縁日には堂内で法要が営まれています。
そして毎年、160万人余りの人で賑わう浅草寺の初詣は、弁天山の除夜の鐘を合図に始まります。
午前零時を期して寺僧がまず「捨て鐘」を3つ突き、それからちょうど除夜の鐘の数になる108人の
会員からなる「百八会」のメンバーが変わるがわる突いて新年を迎えます。
また、弁天山には「時の鐘」のほかにも
「松尾芭蕉像・句碑」
「扇塚の碑」
「添田唖蝉の碑」
「添田知道筆塚の碑」
「都々逸塚の碑」
「聖観音真言梵字の碑」
「普閑の歌碑」
「鳩塚の碑」
などの像、石碑があり、多くの人が浅草寺参詣の折に訪れています
弁天山の弁天様は二体居られて、御本尊はいわゆる「老女弁天」ではない方の
弁天様。巳の日には二体とも供養をしているようです。
弁天山の弁天像、白髪の「老女弁天」の方が「本尊」、との声も。