あの頃のことを思い出すと息がつまりそうになり、つらく苦しい作業になりました。
しかし、このブログの肝なので、当時の日記などを漁って記述しています。
徐々に机に突っ伏して昼休みを過ごすことが多くなりました。
とても億劫でした。集中力も落ち、しょっちゅう立ちあがってはコーヒーを浴びるように飲んでいました。
身の置き所のないふわっとした情けないような感覚がしばしば襲ってきます。
ルーティンワーク以外の新規事業については、必要と分かっていても自分が立ち上げたものでも、取りかかることができなくなっていました。
しかし部下のみなの相談や報告は声かけに必ず応じ、重い体を引きずって動かざるをえませんでした。それだけが私が皆の上に立って指示命令して役職手当をもらってよい根拠でした。
給料泥棒。そんな言葉が自分の声で聞こえてくるのでした。
およそ笑うということがとてもつらく、大層な努力で笑顔を作るため、トイレではすごい顔をしていました。
家でも子供への叱声が強まっていることに自分でびっくりしました。自宅でイライラを爆発させていたのです。さすがに妻が子供を私から守るように避難させたりしていました。
部下が残っている間は自分の仕事が進みません。帰宅は必ず遅くなるのでした。
持ち帰り仕事はほとんどしなくなっていましたが(やる暇がないので意味がない)、遅くまで眠れずに酒量が増えていきました。
眠剤を酒で飲むような危険なことも時々していました。
翌朝に体がだるいことなど日常茶飯事でした。
これはおかしいのかもしれない。
いや、かなりおかしい。
以前から家族にも誰にも内緒で心療内科に通っていました。
(はじめは眠剤をもらうためでした)
思い立ってそこの診察予約を取りました。
じっくり時間をかけて、ミネソタ多面人格試験を受け、解説を受けました。問題となる考え方の指摘が始まり、投薬が開始されました。
以後、2週間ごとに通院することになります。
それでもまだ、誰にも内緒の行動でした。
