日本と言う国は、世界中でも稀な国です。

縄文文化で稲作を近所の人々と
協力しながら苗を植え、田んぼの世話をして、
みんなで刈り取り、豊作の喜びを分かち合い、
稲も分け合う。

日本ではどの地方でも家族的な農作業が
営まれていた事だと思われます。


チームワークと平等な分配こそが
縄文文化一万年間、争いがなかった原因だと思われます。

工業生産が盛んになって行った戦後の高度経済成長期でも、日本の会社は社員を家族と同じように大切にしていた会社が多かった。

しかし、アメリカから能力重視、株主資本家重視の経営スタイルが浸透して行き、
コストカットや不要だと思われる社員の首切りをなんとも思わなくなった経営者が増えて行くと、日本経済も失速し始めました。


人間の発明品であるお金!資本!
と言えども大自然の循環の法則から逃れる事は出来ません。

社員の待遇が悪くなると、社員の可処分所得が減り経済全体のパイが萎んでゆきます。

良く自動車会社が自動車が若い人に人気が無くなり売れなくなったと分析していますが、
派遣労働者や採算のみの季節労働者の大幅増加が給与水準の大幅な悪化を招き、
新車など買うゆとりも無くなり、
若い人に車の無い生活を不便だと思わなく仕向けたのは自動車会社であったと思われます。


そしてやっと買うにしても軽自動車であり
家計に負担が掛からないように工夫をして行きました。

自動車がアメリカで大爆発して売れるようになった時期が到来したのは、
フォードの初代社長が、
うちの社員全員が買える車を作りたい!
と願ってオートメーション工法を
肉屋の分業性から学習して応用したからでしょう。

それまではとんでもない高級品でしたから。


フォード社長は後にグローバリストになってしまい、企業による寡占化を計るようになって仕舞いましたが、初心は素晴らしかったのです。

グローバル経営者が幅を利かせる現代の日本では、コストカットのやり過ぎで社員の給与までカットしてしまい、自動車処か生活や結婚すら困難な労働者を増やしてしまいました。

沈滞する日本経済の大きな原因は
グローバル経営志向であるとも言えましょうか。

もう一度、日本の成り立ちから考え直す時が来たようです。