これは第二次世界大戦に参入した、


アメリカ大統領、フランクリン・D・ルーズベルトの言葉ですがその通りですね。

真珠湾攻撃の為の大日本帝国海軍連合艦隊のヒトカップ集結からハワイに向けての行動を察知しながらハワイには連絡せず、犠牲者を出す事を承知の上であった事。
日本経済を封鎖して原油、鉄をストップさせて、戦争に踏み切らずにはおれない状況に追い込んだ。

スターリンは既に昭和の初めから日本の政治に、コミンテルンの活動家を送り込むか、洗脳させて、中国との泥沼戦争にへと働かせ、ソビエト連邦に矛先を向けさせずに、日本を南侵戦略への方向転換を決めさせた。
これで、日本がアメリカとイギリスへの対立を決定的にした。
アメリカは1929年の大不況から立ち直れずに、圧倒的な消費を促す戦争しか経済再生は無いと踏んでいたので、真珠湾攻撃こそが国民の厭戦気分を戦争へと駆り立てるのに最高の事件となったのです。
支配層は各国の政治家に関与して、軍事調達と大量消費と言う経済活性化を計ったのです。