今から書くのは
12月18日の記録です。


この日の午後は
豊川稲荷様の読誦会が
ある日でしたので、

私は午前中に
1年間のお礼参りを
するとともに、
ご祈祷をお願いいたしましたニコニコ



豊川稲荷様に来ると
愛染明王様と不動明王様には
必ずお詣りいたします。




弁財天様にも
玉子をお供えして
お詣りしました。



お詣りが一通り終わった後は
11時のご祈祷まで
控え室で待ちました。



どの床の間にも
立派な花が活けてあり、

掛け軸が
掛けられていました💓おねがい











来年のご開帳には
行きたいなぁ〜ニコニコ飛び出すハート


ご祈祷では
般若心経などが
超高速で読み上げられるので
途中でついていけなくなりましたが、

かえって心の中で
ゆっくり豊川稲荷様に
話しかける事が出来ました💓照れ


ご祈祷の後は
懐中しるこや葛湯や
日本盛のお神酒などの
ご祈祷の御供物の他に、
とらやさんの
御代の春をいただきましたニコニコ飛び出すハート


読誦会は1時からなので
ご祈祷の後は
いったんお昼を食べに行ってから
再度豊川稲荷様に行きました。


10月の読誦会は
会社の旅行会で出られず、
11月と12月は出られました。


そう言えば、
11月の読誦会の事を
うっかり書き漏らしていましたアセアセ


(実は他にも結構色んな事を
書き漏らしています)


読誦会に参加すると
いつも豊川稲荷様からは
お茶が配られるほか、

参加者の一部から
お菓子を配って下さいます。


12月は
手作りの馬の絵馬の根付を
配って下さる方がいらして、
有り難い事でした馬


11月の読誦会からは
修証義を詳しく紐解く
講義がはじまり、

11月は修証義第1章第1節
12月は修証義第2章第2節の
講義でした。


11月の時には
講師の大安寺の副住職でいらっしゃる
久松彰彦(しょうげん)様が、

お経の最後に
「十方三世一切諸仏」で始まる
略三宝をお唱えする時の
姿勢について
教えて下さいました。


いつも読誦会で私達は
座って経本を両手に持ち
お唱えしているのですが、

経本を持たない時は
座っている時は
合掌するか、

法界定印
(ほっかいじょういん。
坐禅する時の印で
伸ばした右手の上に
左手を重ね
両手の平を上に向ける)を組んで
お唱えするものだそうです。


立ってお唱えする時は
法界定印のかわりに
叉手(しゃしゅ。
左手の親指を握り込んで
右手で左手を覆う)の形で
お唱えするのが
本当だそうです。


叉手は知らなかったので
教えていただけて
本当に良かったと思いました💓おねがい


11月の読誦会では
55ページの回向文の後
126ページの
大悲呪(大悲心陀羅尼)をお唱えし
修証義第1章をお唱えして
57ページの参同喫を
お唱えしました。


第1章第1節に出て来る
一大事因縁という言葉の解説で、

「お釈迦様は
すべてのものに悟らせる為に
この世に現れた、
仏教に出会えた事が一大事因縁であり
法悦でもある」と
お話下さった後、

この言葉に関わる
自分がとても印象に残った事を
お話下さいました。


西麻布に永平寺の別院があり
10月に戒弟さん
(お授戒を受ける方)のお手伝いで
朝4時に集合したそうですが、

その時、
記戒師(お授戒を授ける方)として
いらっしゃった、
中西道信老師に
お会い出来たそうです。


中西道信老師は永平寺で
後堂を務めていらっしゃる方で
久松彰彦様も指導していただいた
恩師だそうです。


昨年の接心(坐禅三昧)でも
お会い出来たそうですが、

その時
「仏教に出会えて
本当に良かった」と、
中西老師はとても朗らかに
仰っていたそうです。


私はその時
「私は仏教に出会えたお陰で
ここに今いる事が出来て、

久松彰彦様の恩師の
中西老師の
この爽やかなお言葉を
お聞きする事が
出来たんだなぁ…。

これこそが
一大事因縁の
功徳だなぁ…。」と
感じました。


久松彰彦さんは
厳しい坐禅三昧をなさった後で
恩師である中西老師からの、

まるで初年僧のような
初々しいお言葉が
印象に強く残ったから、

それが人生の中でも
忘れられない言葉の1つとして
話して下さったのだと思うし、

私も同じく
そのお言葉をお聞きして
ハッと目が開くような
思いでしたびっくり


お寺の血筋の者として
私には生まれた時から
仏教が当たり前にあったし、

久松彰彦様は
お寺の跡取りとして
それこそ生まれ落ちた時から
仏教漬けだったと思います。


当たり前のように
身のうちに
沁み込んでいる事を
新鮮にとらえ直して、

自分のものとして
法悦を持って
獲得するのって、
意外と難しいのです。


私もそうだったので
久松彰彦様も
きっとそうなのだろうなぁ…、

良かったですね…と
目を輝かせながら
そのお話をなさる
久松彰彦様を拝見して、
私は思いましたおねがい


12月はいつものように
般若心経など
一通りお唱えした後、

修証義の第3章と
126ページの大悲心陀羅尼、
108ページの普門品偈、
118ページの寿量品偈と
お唱えしました。


その後、
「臨済宗は一文字一拍は
曹洞宗と同じですが、
臨済宗は御題目を唱えず
お経を読み始めます」
久松彰彦様が仰ったので、

私は心の中で
「そうなんです❗️
だから法事では
本当に困るんです❗️」と
思いましたチュー


それから、
600年代に三蔵法師玄奘様が
般若心経などを意訳したが、

陀羅尼と真言は
訳さない方がいいということで
インドの本来の音を
そのままあてているということを
仰った後、

「大悲心陀羅尼は
お坊さんの供養に読みます」
「仏頂尊勝陀羅尼は
豊川稲荷ではお昼に毎日読みます」
「普門品偈と寿量品偈は
回向の時に読む事が多いです」と
仰ったのですびっくり


実は、
読誦会の後のアンケートで
11月に私は、

「真言宗智山派の寺族として
自分の両親の供養は
どのお経を読めばいいのか
わかっているのですが、

臨済宗妙心寺派として
夫の両親の供養をする時
お経本の中で
何を読んだらいいのかが
いつもわからずに悩んでいます。」と
書いたのです。


このお言葉は
私へのアンサーだ❗️びっくり

12月に読誦会に来られて
本当に良かった❗️と
私はとても嬉しかったし、
有り難かったですおねがい


12月の講義は先ほど書いた通り
修証義第1章第2節でした。


「人身得る事難し」の言葉ですが
人身とは
自分の事だそうです。


私は講義そのものよりも
久松彰彦様の個人的なお話が
印象に強く残りました。


久松彰彦様のお兄様は
お寺の跡は継がないと言って
サッサと別の道に
入られたそうで、

跡取りとして修行に入った
久松彰彦様は
お寺に生まれた自分を
恥ずかしく思っていて、

自分の事を僧侶として誇れないと
ずっと思っていた時期が
あったそうですが、

永平寺で修行している時に
50代くらいの同僚の尼僧に
自分の悩みを打ち明けた時、

「お寺に生まれた事を
誇りに思わな」と
声を掛けていただいた事が
自分が変わるきっかけに
なったそうですびっくり


私の母も私も
寺族に生まれた事を
誇りにこそ思いはすれ
恥ずかしく思った事なんて
一度もなかったので、

「なんでえ?」と
内心で大変に意外でしたびっくり


人って思わぬ所が
重大な悩みであったり
するものです。


やはり、
悩みというものは
なるべく周囲に
開示してしまった方が
袋小路から抜けられて
いいよなぁ〜と思いましたチュー


1月の読誦会はお休みで
2月は久松彰彦様はインドに行く為
かわりの方が
いらっしゃるそうです。


第2節のしめくくりは
「儚い命を無常という風に
任せてはいけない、
人生を虚しくせず
精進しなくてはならない」と
いうお言葉で、

計策でビシッと
肩を打たれたような
心地がしました爆笑アセアセ


年の最後に
豊川稲荷様のご祈祷が受けられて
読誦会にも参加出来、

有意義なお話を聞けました事に
深く感謝いたします照れ