インカの聖なる谷の民家を見学させて頂いた後、のどかな田園風景の高原を越えていきます。壮大な景色は美しく、見入ってしまい、うたた寝することも出来ません。

標高3020mに位置した山の上の谷合に向かいます。
「サリネーラス・デ・マラス」と呼ばれる広大なマラス塩田があります。
インカ時代の前(プレ・インカ)から続くアンデスでも珍しい塩田だそうで、
塩田の水源の塩水は、塩分濃度30%。
「サリネーラス・デ・マラス」と呼ばれる広大なマラス塩田があります。
インカ時代の前(プレ・インカ)から続くアンデスでも珍しい塩田だそうで、
塩田の水源の塩水は、塩分濃度30%。

棚田一つで、1ヶ月で200~400Kgの塩が取れるそうです。
インカ帝国時代、その生産を帝国が一括管理して、広大な領土に分配ししていたと伝えられています。 その他、塩は、医療やミイラ加工にも使用されたと言う説もあるようです。現在、渓谷には、3800もの塩田があり、そのひとつひとつが地元の人々が所有しているとのことでした。塩田での生産が本格化するのは、毎年5月の終わりから6月辺りで、この時期から雨期が始まる10月頃まで、塩田では本格的な生産が続きます。
インカ帝国時代、その生産を帝国が一括管理して、広大な領土に分配ししていたと伝えられています。 その他、塩は、医療やミイラ加工にも使用されたと言う説もあるようです。現在、渓谷には、3800もの塩田があり、そのひとつひとつが地元の人々が所有しているとのことでした。塩田での生産が本格化するのは、毎年5月の終わりから6月辺りで、この時期から雨期が始まる10月頃まで、塩田では本格的な生産が続きます。

次の目的地へ向かう途中にあるマラス村は時間が止まった感じの素朴な村でした。

通りには、牛やロバがゆっくりと歩いています。


また山を越え標高の高い広大な田園風景の中を走ります。
アンデスは標高4800mの所でも村があり人が住んでいます。
エンバク、ライムギ、そら豆やジャガイモも育てています。

アンデス山脈は、南北7500km、幅750kmに亘る世界最大の褶曲山脈で、
ベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、アルゼンチン、チリの7カ国にまたがっています。最高峰はアコンカグア(6960m・一説には7021m)で、6000mを越える高峰が20座以上そびえています。
新生代第三紀末(鮮新世)から現在までの太平洋プレート、ナスカプレートと南米大陸のぶつかり合いで隆起してできたと考えられているそうです。
ベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、アルゼンチン、チリの7カ国にまたがっています。最高峰はアコンカグア(6960m・一説には7021m)で、6000mを越える高峰が20座以上そびえています。
新生代第三紀末(鮮新世)から現在までの太平洋プレート、ナスカプレートと南米大陸のぶつかり合いで隆起してできたと考えられているそうです。
標高5000~7000mのアンデス山脈の山々は、雪を頂いていて、 「聖なる涙のしずく」と呼ばれるベロニカ(標高5682m)がひときわ美しく佇んでいました。

モライの遺跡は、標高3550mに位置します。
マチュピチュ遺跡の後、1930年代に見つかった遺跡です。
円形のすり鉢状になった段々畑が、モライの遺跡です。
マチュピチュ遺跡の後、1930年代に見つかった遺跡です。
円形のすり鉢状になった段々畑が、モライの遺跡です。

「モライ」という名はケチュア語で「下にある円形」を意味する「ムユ・ユライ」から来たという説や、インカのトウモロコシの収穫月であった「アイモライ」に由来するというものなど諸説あります。 直径が100m以上もあるのが一番大きいもので、大小合わせて4つのムユ(サークル)があり、多くの農作物が実験栽培されていたと言われています。1.5m程度の段差で、上から下の高低差は30m程度の段々畑。
日照の違いで10度の温度差があるらしいですが、一番気になったのが、遺跡は、大地の神「カチャママ」の神を表す形だということです!
実験場というより、祭祀を行う為に作った段々畑で、カチャママの神の祭祀場だったのではないかと思うのですが、真実はまだ分かっていません。
古代のミステリーは、ロマンですねぇ☆
その夜は、ウルバンバ渓谷の谷合のホテルに泊まりました。
民族衣装を着た少女達の民族舞踊を楽しみました。
民族衣装を着た少女達の民族舞踊を楽しみました。

翌日は、標高3765mまで行き、標高3375mにあるピザック遺跡遠望ですが見ました。
小さなマチュピチュと呼ばれています。
ピザック村を囲む山々に段々畑がハッキリと見え、
あんなに高い山肌にまで、畑を作るとは、余程日照を大事にしているのですね。
小さなマチュピチュと呼ばれています。
ピザック村を囲む山々に段々畑がハッキリと見え、
あんなに高い山肌にまで、畑を作るとは、余程日照を大事にしているのですね。

「ケンコー遺跡」インカの祭礼場といわれる遺跡。
「サイサンヤマンの遺跡」ミイラが発見され、要塞だけの目的ではないと推測される
「チェンチェーロの遺跡」インカの要塞跡もあり、インカ帝国の繁栄の跡を垣間見ました。沢山見ると、何処がどこなのか分からなくなりそうでした(笑)
「サイサンヤマンの遺跡」ミイラが発見され、要塞だけの目的ではないと推測される
「チェンチェーロの遺跡」インカの要塞跡もあり、インカ帝国の繁栄の跡を垣間見ました。沢山見ると、何処がどこなのか分からなくなりそうでした(笑)

観光客相手の写真撮影は一回1ドルです。アルパカの赤ちゃんが可愛かったです。

