昔から、自分はあんまり
人と感性が被らないなって
感じることが多かった。
自分がいいと思ったもの
自分が当たり前だと感じること
って、人と違うんだなと思った。
大多数派に入れないなって思ってた。
(表面上は入ってたけども)
かつて不登校になった
うちの子どもたちを見てると
あんまり、「人と違う」ってことは
問題ではないらしい。
学校に行ってない時期も
「周りからどう見られるか」は
気にならないようだった。
私は、近所の人にどう思われるかって
気になったけども。
今も、自分が独特のペースで
自分のリズムで生きるようになって
世の中の主流な流れでは
生きられないなと感じてるし
大多数派に憧れる気持ちは
いつもある。
人と同じって、安心感があるもんね。
去年たくさん動いて
今年は静かにしてるのも
自分の独特なペース。
目に入る外からの情報は
華やかで、活動的で
分かりやすく進んでる感じ。
自分は、多分外から見たら
じっとしてて
あんまり動いてない感じ。
内側が、さなぎみたい。
だから、自分が自分のモデルケースになって
自分のペースで、さなぎ時期を過ごすしか
ないよねって思う。
不登校の時期や
大人でも、モデルケースが見えない時期って
大多数派に入れないから
ちょっと大変だけど
自分の感性を、信頼するしかない時期。
静かな時間に、内側で
核変動が起こってる時期でもあるよね。
