子どものこと、
ちゃんと見ているのに
なぜか素直に褒められない。
すごいなって思っているのに、
言葉が出てこない。
真逆のことが口から出ちゃう。
そんなこと、ありませんか?
こんにちは
いはら あき です。
数秘と心のしくみを通して、
「私なんて」と思ってしまう
自分の背景を、
ほどいていくサポートを
しています。
それって、
「冷たいから」でも
「いい母親じゃないから」でもなくて
もう少し奥のところに
理由があることが多いんです。
たとえば
・自分はあまり認めてもらえなかった
・頑張っても当たり前にされてきた
・褒められることに慣れていない
そんな経験があると
「褒める」という行為そのものが
どこか居心地の悪いものに
なっていることがあります。
子どもを褒めるような場面に
さしかかると、
どこかでふと
「私はどうだったっけ?」
そんな感覚が無意識に
動いていることも
あるんですよね。
でもこれって
ダメなことでも
直さなきゃいけないことでもなくて
ただ
「そう感じる理由がある」
それだけなんです。
だからまずは
褒められない自分を
責めるより
どんなときに
言葉が止まるのか
少しだけ
見てあげてほしいなと
思います。
そこに
あなた自身を知るヒントが
ちゃんと隠れています。
ある方のお話では、
自分の気持ちや
感覚に正直に動く姿には
素直に「すごいね」って
思えるのに、
誰かに褒められた話とか
期待されているような話は
褒められなくって、
逆に
調子に乗ってちゃダメ
たまたまだよ
なんて、否定するようなこと
言っちゃう
とのことでした。
細かくみていくと、
この部分は大丈夫なのに
ここには強く反応する
なんて微細な違いが
それぞれの人の中に
あるものなんです。
そして、そうなる理由の中に
自分なりの傷だったり、
欠乏感などが
残ったままになっていたりする。
でも逆に言うと
その「反応のクセ」には
ちゃんと理由があって、
そこを紐解いていくことで
子どもとの関わり方も
驚くほど変わっていきます。
自分のことを責めて、
無理に子どもを褒めようとする
その方向から
変えようとすると、
過去の傷ついた自分から
反発を受けて、
責めても責めてもできない
ということもある。
だからこそ、
子どもに渡したいものを
自分にも渡せるように・・・
何かをやった自分を
「すごいね!」って
思ってあげられるように、
自分のことを
丁寧に理解していくこと
知っていくことがとっても大切
だなぁって思います。
過去の傷を掘り起こして
向き合う、と言うよりは
あの時の自分を
心地いい方に
望みを叶えていく方に
再チャレンジするような
感覚です。
できなかった
もらえなかった
そんなふうに感じる欠乏感。
今の自分なら
どんなふうに満たしてあげたいのか?
何をすると満たされていくのか?
そんな視点で
自分と向き合っていくことで、
子どもにも同じ視点を
向けられると思いますよ。
「なんで私こうなんだろう」を
そのままにしておくのではなく
「これが私なんだ」に
変えていきたい方へ
自分の思考や感情のクセを知ると、
無理をしなくても
子どもへの関わり方が
変わっていきます。
「なんで私こうなんだろう」をそのままにしておくのではなく「これが私なんだ」に変えていきたい方へ
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