思い込みをひっくり返し、
あなたの可能性を開く
心の分析家
数秘コーチ
「甘やかされている」とか
「わがまま」だという側面も
自分は大切にされていい存在だ
という前提
これが
体の奥にちゃんと根づいている、
ということなんだと思うんです。
末っ子を見ていると、
「欲しい」「してほしい」「困ってる」
そんな気持ちを出すことに、
罪悪感はほとんどないように見えます。
出してもいい。
受け取っていい。
喜んでいい。
それが、当たり前の世界。
一方で私は、
「迷惑かもしれない」
「我慢した方がいい」
「言っても聞いてもらえない」
そんな空気を読みながら
育ってきました。
だから、
欲しいと言う前に引っ込めて、
頼る前に諦めて、
平気な顔をするのが上手になった。
でもそれって、
本当の意味で強いわけじゃなくて、
感じないふり・欲しくないふりを
身につけただけだった
のかもしれません。
末っ子を見ていて思うんです。
自己受容感って、
「自信を持ちなさい」と
教えられて育つものじゃない。
・どうしたん?って聞いてもらえた
・そう思うんやね、って受け止めてもらえた
・望んだものを差し出してくれる人がいた
その小さな積み重ねが、
「私はここにいていい」
「私は大切にされていい」
という感覚を、
静かに育てていく。
大人になってから
自己受容が苦しいと感じる人は、
何かが欠けているんじゃない。
足りないからではないんです。
ただ、
受け取る経験が少なかっただけ
なんだなって思うんです。
だから今からでもいい。
少しずつ、取り戻していけばいい。
誰かに頼ること。
気持ちを口にすること。
「欲しい」と認めること。
それは弱さじゃなくて、
自分を生きるための土台に
なっていくものです。
つい、自分は与えられなかった
なんて思って
過去の環境に恨み節を
出しそうになるけれど。
気づいた自分自身が
自分にたっぷりと
与えてあげたいものですね。
たくさんのプレゼントを抱える
末っ子を見ながら、
そんなことを思う
クリスマスの朝でした。
残りの今日の時間の中で、
誰かに頼ってみる。
気持ちを言葉にしてみる。
小さな「欲しい」を、ひとつ叶えてみる。
そうやって、自分自身を
大切に扱う心地よさを
感じさせてあげてくださいね。
今日ひとつだけ、
自分に許してあげるとしたら
何にしますか?
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