2006年。
26歳の私の旅のはじまりのはなし。
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ピエロのように演じながら日々を過ごすこと数カ月。
始めのころはやっぱり辛かった。
だって、いくら明るく振る舞っても言葉が出来ないから場がもたない。
質問されても答えられない。
笑って誤魔化す。
苦笑い。
空しくなる。
夜に枕を濡らす。
この繰り返し。
でも、朝はちゃんと来るんだよね。
次の日にはまたGood morning! とみんな笑顔。
私の空しさなんて、誰も知らない。
私だけ引きずって落ち込んでるなんてバカみたい。
昨日の事は忘れて、今日も体当たりで笑って過ごそう!
そして、夜にはまた空しい時間がやってくる。
そんなツライ日々に何をしていたかというと、ファームの仕事。体が動けばできる仕事なので、言葉ができない外国人にもってこい。私も10カ月くらいはファームを転々としながら暮らしてた。
広大な土地に植えられているじゃが芋やバナナ、樹木栽培など、季節によって様々。
私のようなお金のないバックパッカーは、季節労働先を探して働いてお金を貯めてまた旅に出る。旅でお金が無くなる頃にまた仕事を始める。
とても疲れる仕事ではあったけど、言葉を話さずにお金が稼げるなんて私にとっては最高だった。
ファームの仕事中によく鼻歌で歌っていたのは、安室奈美恵の“Don't wanna cry”。
独り言も、頭の中で考える時も英語を心掛けていたけど、この時だけは日本語で歌ってた。
目に涙を溜めて歌ってた。
土のある仕事は好きだった。
家も車も見当たらないような広い広い大地と大きな空があって、その間には作物と働いている私達だけがポツンと仕事をしている。
ちょっと離れたら何をしているのか分からないような仕事を、黙々とやっていく。
大自然のエネルギーは壮大だった。吹く風はいつも気持ちよかった。(かな?)
体は本当にきつかった。
腰や肩や関節は痛くなるし、汚れるし、暑いし、寒いし、とにかくハエが多い。
顔も体も鼻の穴の中までとにかく真っ黒になる。
虫や蛇なんかも勿論いる。
農園がある場所は田舎だから、宿の周りにも遊びに行く場所なんてものはない。だから、夜はみんな宿にいて、お酒を飲みながらお喋りをする。
若かったとはいえ、みんな養生しながら過ごしてた。
外国人同士で会話はそんなに続かなかった場合でも、皆がその場をくつろいでいたように思う。
こうやって過ごしていくうちに、私は日本にいたときとは少し違う人になっていった。
お酒が入れば、酔った勢いでふざけたりもできたし。
場を楽しくするためのいたずらっ子になったりもした。
全く分からなかった言葉も、だんだん何となく雰囲気がつかめるようになってきた。
リターンで終わっていた会話から、短いキャッチボールができるようになってきた。
自分を守れるのは自分だけだと思っていたど、
この頃には、同じ宿で一緒に暮らし、体力のいる仕事をして、夜には酒を飲んで、語り合うような仲間ができていた。
そんな仲間も皆旅人だからあっさりしたもので、すぐに居なくなってしまうのだ。
1ヵ月くらいしか居なかった宿での思い出が、1年くらいの長さに感じるのは充実していたからなんだろうな。
そして、私もまた旅に出る。
つづく。




