6月です。

2025年も半年が経とうとしています。

毎日家族で生活頑張っています。


とか言って、「頑張る事が当たり前」な昭和世代のその言葉は日本を小さくしてしまったのでしょうか?



今朝からとても先行き不安なニュースを目にしてそう思ってしまいました。
この後の長文失礼します。
※読み終わるまで約3分




2025年から外国人は3,000万円必要だった開業資金が500万円になり、もう日本はいよいよ内部侵略されていくのだなと強く感じていましたが。


思想的な話はあまりしたくは無いですがそれがつけ込まれる要因かもしれません


その国のモラルが分からない、守ろうとしない、むしろ利用している外国人を活躍させてはいけないのです。

台湾を統制化に置く前に日本を抑えておく必要があるらしいです。
日本は台湾の位置付けになろうとしている。


ただ、後継者もいない、重税に悩まされる不景気な日本人はお金が無い。維持するだけでリスクがある。

なのにモラルはある。

抜け道ばかり用意する民族と
出し抜いて貶める事が恥と考える民族が同じ国で上手くいくわけ無いのです。


僕が住む町でも先日朝、駅に向かう二人のマスク女性が近くのスーパーに自転車を置き去っていった。僕はそのスーパーの2階のダイソーに用があった。
その二人が話す言葉は中国語。ハングルではなかった。

少し控えめな態度に見えた二人は、なんと店内に近い場所にナナメに乱雑に停めて駅に歩き出すのを見て僕は少し戸惑いながら「もう少し考えることはできへんですかね?」と精一杯の笑顔で言った。

すると二人は無言のまま仕方ない素振りでスーパーに入って行った。

ジュースでもお菓子でも買ったのかは知らない。

僕の街で中国語を話すアジア人が住むようになった事に「いよいよか」と思った。


なぜこうなってしまったのか?

今は毎日考えます。


日本に来る中国語を話すアジア人は本国では統制のストレスにとても耐えられない自由な人だと僕は思っている。
その自由は祖国を離れ自分達が気ままに過ごすためだけに使われているなら、大人になってからでは何を言ってもダメかもしれない。


帰化高官が静かに猛威を振るう日本に未来は無い。


昭和世代が招いた事態とするならば、僕たちこそが日本の文化を守り抜かねばなりません…


ただ笑顔で暮らしたいだけなのに。