名車ボルボの歴史①   2人の創業者から、すべてが始まった | AVEC 2CV by Yurii Oikawa

AVEC 2CV by Yurii Oikawa

浜松市中央(旧南)区在住のわたしが等身大の日常生活を随時載せております。2020年12月からスマホ版移行。なおわたしは2026年から 新たに「ユーリィ及川」の名を使用します。

ファイル16260001.jpg

ファイル1645.jpg

北欧 スウェーデンの名車
ボルボのエンブレム


別名を「アイアンマーク」と呼ばれるこのエンブレム(円に矢印)は、スウェーデンでは『製鉄』を意味します。


「ボルボ(Volvo)」には、ラテン語で『私は回る』という意味があります。


(- -?)なぜ?

ファイル0006.png

元々は、創業者の一人、アッサール・ガブリエルソン(写真左)が若い頃所属していたスウェーデン南西部の都市イエテボリ(ヨーテボリ)に本社を置くベアリングメーカー「SKF」の、当時休業中だった子会社の名前『ボルボ』を、そのまま拝借したのです。

Assar Nathanael
Thovaid Gabrielsson
 1891 ~ 1962


彼は、おもにボルボ創業時の経営面を支えました。

そして、もう一人の創業者、グスタフ・ラーソン(写真右・SKF設計部所属の技術者)は、技術面を受け持ちました。

Erik Gustav Larson
 1887 ~ 1968


この2人は1924年の冬、スウェーデンの首都ストックホルム駅前で、劇的な出逢い(再会)をしました。

アッサール・ガブリエルソンはパリ駐在中に、当時のスウェーデン国内産のベアリングが、米国製のそれよりも安くて性能がよいことに気づき、

これを使って、スウェーデン製の国産車を造ろうと、グスタフ・ラーソンに提案したのです。

スウェーデンでは良質な鉄鉱石が採れるため、国内で製造された鉄は、とびきり頑丈と評判でした。

また、同国労働者の賃金は米国より安く、コスト競争上有利でした。


2人は翌年に青写真をつくり、ストックホルムで試作車の製作を始めました。

SKFはこれに出資し、子会社『ボルボ』の名称と、イエテボリにある工場を与えました。


ここから、

ドイツ車でもない、
英国車でもない、
米国車でもない、

スウェーデン独自の
個性的な車造りが
始まったのです。


つづく…

次回は

ボルボ最初の車
 ‥
「OV4(通称ヤコブ)」
これを掲載予定