私の父になります。
じぃじNo.2…
旦那さんのお父さんが
先々週 亡くなりました。。
施設に入ってたのですが
急に体調を崩し病院に搬送された
次の日に…
あっという間の事で
バタバタした数週間を過ごし

現在、我が家で納骨を待ち飾られてます。。
青果店を営なんでいた義父母
旦那さんは普通の会社員
結婚し専業主婦だった私は
昼間、青果店の手伝いに行ってました

その後、すぐ長男が誕生し
初孫の長男を連れ 徒歩10分の
青果店へ手伝いに行くと
仕事にならないくらい溺愛してた義父母
そして うっきーが誕生
誕生してからの1年は
ダウン症を受け入れきれないまま
半年以上入院してて

病院と自宅の往復のみの私。。
暗黒期
外に出たくない私を…
周りがなんとか外に出そうと
青果店にベビーベッドを置きました。。
20数年前
まだ ダウン症の子を表に出して
知らなくていい事をさらけだす…
そんな勇気が暗黒期の私にあるはずもなく
もう、お店に連れて行くのが
嫌で嫌でたまりませんでした

それでも
ダウン症のうっきーを抱き
店先でお客さんとバカ話をする義父
商店街のパン屋さんで パンの耳をもらい
うっきーを抱き
近くの公園でハトにエサをやってる義父
4時になるとすぐ2人の孫を迎えに
保育園にも行ってました
そのうちに
商店街の方々やお客さん
いろんな方が うっきーの事を知る事になり
隣のケーキ屋さんに来たお客さんが
子守をしてくれたり
また別の日には
お客さんがうっきーを抱っこして
隣のスーパーにお菓子を買いに行ったり
近くのお肉屋のおじさんが
自分の店に連れて行き子守したり
本当にたくさんの方々に
可愛がってもらえました

そして
「ダウン症の子がいる!」と聞いて
サークルを立ち上げてた
先輩ママさんが訪ねてきてくれ
私の世界もだいぶ変わる事ができました
15年ほど前に店は閉店し
その後、英気を失い
鬱になり入退院を繰り返してた義父
数年前から施設に入り
7人いる男ばかりの孫達も
自分の事で忙しく
面会に行くのは うっきーぐらいでした

義父が急に亡くなり
遺影の写真を探しに自宅に戻った時に
本当に…
久しぶりにアルバムを開き
お店で過ごしてた
子供達と義父の事をいろいろ思い出しました
店に連れ出してもらえなかったら
私とうっきー どうなってたのかな。。
うっきーも こんな表情豊かな子に
なってなかったかも⁈
いろんな事を考えた2週間でした。。
これからは
愛しいうっきーが
いつも笑顔で暮らせるように
天国から見守ってて欲しいと思います

