「欲しい」
ただ、それだけだった。
あの人が持っているものが。
あの人がいる場所が。
あの人が受け取っている愛情が。
あの人が得ている評価が。
あの人が積み上げた成果が。

どうして私じゃないんだろう…
どうしてあの人なんだろう…
そんな思いが心の中に広がっていった。
手に入れれば満たされると思った。
あれさえあれば!
あの人のようになれれば!
私も幸せになれると思った。
だから手を伸ばした。
手に入ったときは嬉しかった。
やっと私のものになった。
やっと認められた。
やっと選ばれた。
胸の奥にあった穴が、
少しだけ埋まった気がした。
けれど
その安心は長く続かなかった…

今度は不安がやってきた。
もし本当のことが知られたら…
もし誰かに奪われたら…
もし見捨てられたら…
気づけば私は、
手に入れたものを守ることに必死になっていた。
疑う
隠す
ごまかす
正当化する
心は少しも休まらなくなった。
そしてまた誰かを見る。
私が持っていないものを持っている人。
すると胸の奥がざわつく。
もっと欲しい。
もっと認められたい。
もっと特別になりたい。
手に入れても
手に入れても
手に入れても
なぜか満たされない…
パートナーを手に入れても
居場所を手に入れても
評価を手に入れても
仕事を手に入れても
心の穴は残ったままだった。
私は気づいていなかった。
欲しかったのは、
その人のものではなかったことを。
今は思うのです。
人のものを欲しくなるとき、
本当に欲しいのは
その人の持ち物ではなくて
「私には価値がある」
「私は愛される存在だ」
「私はここにいていい」
そんな感覚なのではないかと。
そんな安心なのではないかと。
もしそうだとしたら
どれだけ人のものを手に入れても、
心の奥にある寂しさは
埋まらないのかもしれません。
なぜなら、
その寂しさは
外側の何かではなく、
内側にあるものだからです。
人から認められても
人から選ばれても
人から羨ましがられても
自分自身が
自分を認めていなければ、
心はどこかで
満たされないままなのです。
もし今、
誰かの持っているものが
とてもまぶしく見えるなら
少しだけ立ち止まって、
自分に聞いてみてほしいのです。
私は本当は何が欲しかったのだろう。
私は本当は、
どんな言葉をかけてほしかったのだろう。
私は本当は、
何を信じたかったのだろう。
その答えは、
誰かの中ではなく、
自分の中にあるのかもしれません。
誰かの光を手に入れようとしなくても
私たちはそれぞれ、
自分だけの光を持っています。
その光は
奪うことで輝くのではなく
大切に育てることで
少しずつ輝き始めるのだと思うのです。
本当に欲しかったものを
誰かの物でうめようとしていた
外側でうめようとしていた
だから苦しかった。
誰も信用できなくなった。
みんなが敵に見えた。
奪われることが怖かった。
裏切られることが怖かった。
気づけば
たくさんのものを手に入れたはずなのに、
たった一人になっていた。
たくさんのものを手に入れたけど
ただあの人のが欲しかった
ただあの人が羨ましかった
手に入れれば
幸せになれると思っていた
けれど
振り返ったとき、
私の手の中には何が残っていただろう。
安心だろうか。
幸せだろうか。
満足だろうか。
それとも…
誰かに奪われることへの恐れ。
誰も信用できない孤独。
そして、
自分を好きになれない私だろうか。
本当に失っていたのは、
誰かとの関係ではなく
私自身だったのかもしれない。
本当に欲しいものは、
誰かの持っている何かではなく
ただ、
「私は私のままでいい」
そう思える心だった。
誰かの光を手に入れなくても、
あなたの中にも光はある。
誰かの居場所を奪わなくても、
あなたにも居場所はある。
誰かの価値を下げなくても、
あなたの価値はなくならない。
本当に欲しかったものは、
ずっと外にあると思っていたけれど
それは最初から、
自分の心の中をみつめることでしか
見つからないものだったんだ。
最後まで読んでくださりありがとうございました。


