ある主婦の方が例なのですが、
子供が大人になり、子育てが終わり、
「このままの人生で私終わりたくない」と思い、
「なにかやりたい」と思い、
結果、美容のサロンをオープンしたことがあります。
それであやうく開店倒産になりかけました。
その主婦の方の中では、「サロンをオープンするだけで、人がたくさん来る」と思っていたそうです。
それでいざやってみれば、「誰もこない」ということがありました。
そりゃそうで、「誰も知らないですから」
知ってもこないのに。
その方は「サロンをオープンするだけで、人がたくさん来る」と思っていたそうなのです。
そういうイメージを持って、動いて、サロンオープンしたのだと思います。
現実なんて、知らないです。
かなり酷い目に遭いました。
こういうケースがよくあります。意外と多いです。
コンサルしてても多かったし、不動産屋に勤めていた時に店舗を紹介していた時にもそう思いました。
「みんな夢を持っています。」
そこに至るまでみんな夢持たれています。
「はい、夢が叶いました」
そこから地獄を味わう人が多いです。
よくないでしょうか?
「カフェをするのは私の夢」とか。
楽しそうでしょ。
「いざ、夢が叶えば現実が待っていますからね」
よく初心者に陥りがちなのです。
意外と多くの人がやりますよ。
それで「安心してください。みんな意外とアホなのです」
「あなただけじゃないのです。そして、僕もアホなのです」
「僕も含めてみんなそんなところがあるのです。安心してください。アホはあなただけじゃない。みんなそうです。」
「人は、夢見がちであり、甘く見積もります。」
それが悪いわけではないです。
人間そういうものです。僕も含めてね。
「ただ夢見ていいですが、甘く見積もってもいいですが、そのとおりにはならないです。」
それを知っておけばいいのです。
それは、小さい頃、「将来は、私はお嫁さんになりたい」と言ったとします。
その少女の描いた夢は叶うと思いますか?
じゃあ結婚しました。「現実はどうですか?」
「現実を知っているあなたは、その違いについてとてもよくわかるはずです」
それぐらい他のことも違うのです。
1983年発売 「想い出がいっぱい」 H20 の曲が僕の中で流れてきます。僕が3歳の時の曲ですが。
「大人の階段登る 君はまだシンデレラさ
しあわせは誰か(なにか)がきっと
運んでくれると信じてるね
少女だったといつの日か 想う時がくるのさ
少女だったとなつかしく振り向く日があるのさ」
です。
夢はみるのです。人間、癖でやるものです。
ただ進んだら、「ああ、また甘く考えていた。現実はやはり厳しい。よくあることよくあること。さあ、ここからやっていくぞ!」と思いやっていくだけです。
漫画ワンピースでのゾロもはじめは自分のストーリー(物語)を持っていたのです。
ゾロがはじめてミホークと出会った時に、ミホークに、「なにを目指す?」と聞かれたのです。
「そして、こたえます」
すると、ミホークにこう言われます。
「ふん、愚かな」と。
そして、ミホークにこうも言われます。
「この俺に刃をつきたてるとは
己の勇気か、はたまた無知なる故か」
「井の中の蛙よ、世の広さを知るがよい」と。
そして、ゾロはこう思ったのです。
「世界がこんな遠いはずがねえんだ!」
「この距離はねえだろう!!!!!」
「俺はこんなおもちゃにあしらわれる為に今日まで剣をふってきたわけじゃない」と。
現実ってそんなものです。
これを「絶望」と呼ぶと思います。
絶望を味わった時、2つの道があります。
「諦める」と「現実とダンスしていく」です。
もう1つ邪道の道があるのですがそれは置いておきます。それはろくな目に遭わないので。
あなたが絶望を味わえているなら、それは「夢から覚めた人」です。
「現実とダンスができる人です」
それでもあなたは行こうと決めた人です。
そこからうまくいくことを考えて動いていきます。
もし「絶望」を味わえていないなら、その人はまだ「夢の中」「自分の物語(ストーリー)の中にいるかもしれません」
(自分のストーリー(物語)を描いて、それが叶わなくての「絶望」とは違います。)
ちなみに「絶望」を味わえた上で、歩む人の多くは「うまくいきます」
みんなやればできるのです。
多くはその手前で失敗しているのです。
「絶望を味わえた上で、歩むぞ」というところまでいかないのです。
「絶望を味わえた上で、歩むぞ」と思うまでが難しいのかもしれませんが、それができたら多くはうまくいきます。
なぜならそれぐらいの力、人は持っているからです。
その人の力というよりは「人間の力」です。
僕は人間の力を信じているのです。
そして信じれるに値できる根拠はたくさんみてきました。
人の力は偉大です。
やる気になれば人はできるのです。
「夢を実現する最善の方法は、夢から覚めることだ」
ポール・ヴァレリー
まず自分が「絶望を味わえたのか」をぜひ確認してください。
絶望を知った上で、歩んでいるなら大丈夫です。
絶望を知るというのは、現実を知るということだからです。
「絶望」を味わずに、夢をみている状態がとても危険なのです。
その状態で絶対に生きないことが大事です。
予備校に通っている人がいて、
「予備校に来れば、かんたんに成績が上がる魔法の学校だと思っていた」
と言っている方がいました。
その方に同じ学生がこう言っていました。
「そんなわけあるか。
予備校というのは自分で勉強するのが軸にあって、それを補足するのが予備校だ」
「その位置付けを間違えるなよ、後輩」と。
「それが1年目でわからなかったから、私は浪人しているんだよ」と言っていました。
その先輩は、
「夢を実現する最善の方法は、夢から覚めることだ」
ポール・ヴァレリー
の「夢から覚めた人」です。
この先輩の状態で人生を進めていきたいです。
「予備校に来れば、かんたんに成績が上がる魔法の学校だと思っていた」みたいに思い、ここは私に向いていない、「次は」「次は」って、仕事でもなんでも探している方もいます。
そんな発想をしていると、人生でとんでもない目に遭うかもしれませんで気をつけていきましょう。