なにかを始める時は、「やる儀式」をした方がいいと思います。

 

かんたんに物事を始めてしまうことが、物事が続かない要因であったりしますから。

 

とくに感情等ではじめてしまうと、感情というのはコロコロと変わりますから、それは続かないというよりそういうものです。

 

整理をする為にも「やる儀式」をした方がいいと僕は思います。

 

 

たとえば、なにかはじめる時は、これは僕のやり方で自分なりに変えてくれていいのですが、僕の場合は「土下座をしてまでやりたいか」を基準にしています。

 

なにかやる時に、「自由」にやれるから、かんたんに辞めるのです。

 

やる時に、土下座すればいいのです。

 

 

それで「誰に土下座するねん!」と思うと思いますから、神様でいいと思います。

 

神様がいるかどうかは知らないですが、神様でいいと思います。


やる場合は、家でも神社でもいいから、
「神様どうしてもやりたいので、やるご許可ください」
と言えばいいです。頭を下げて。



それで「いいですよ」と勝手に自分で言って、はじめたらいいと思います。


「神様どうしてもやりたいので、やるご許可ください」と土下座して言えばいいですよ。


人間やる時は、神様に「どうかやらせてください」と土下座してやった方がいいですよ。


誰からも頼まれていないのに、わざわざしかも土下座までして「どうかやらせてください」と言ってやったら、「自分の続き具合が違うのです。」

かんたんにやり始めるから、「物事が続かないのです。」

「やらなきゃ」「しなきゃ」みたいな感覚が出てきたりね。


「やらなくていいよ」という話だと思いません?


「誰にも頼まれていないのに、勝手に自分がわざわざやるもの」だと思うのです。



自分から頼んで、やらせてくださいと土下座までしてやれば、「やることに魂、息吹が込められるのです。」


たとえなんかしんどいことがあっても、

「これはわざわざ私が土下座までして、神様に頼んで、やらせてもらっていることだっけ」

と思ったりしますから。




ちなみに1番、人間続かないのは、「人から言われてやることです。」


自分が決めたものじゃないと続かないです。


言われたからやるや、
みんながやっているからやるや、

もうこういうのは「全部続かないです。」

「頑張るという感じになるのです。」

「義務みたいになんか重いものがのしかかったような感じでやることになるのです。」




そりゃ続かないって思います。


誰からも言われてもないのにやるのが1番続きますよ。

だから、背中押してもらう等もいらないのです。

背中押してもらわないとやらないものは続かないですから。

背中を押してもらわないとやれないならやらなくていいです。


「単発ならいいんです。」

継続して続けるものは、あんまりだと思います。



誰からも言われてもない。

あげくは、自分から頭下げて「やらせてください」とやるのです。


そうすると、物事は続きやすいですね。


僕のお勧めは、遠くの神社に行けばいいのです。

片道3時間ぐらかけて。

1日時間を使って。



「許可もらうために」



それで、わざわざ遠くの神社に行って、

人もいるのに、かっこ悪い、恥ずかしい思いをして、

土下座して、やらせてください
とやるのです。


ここまでやると、人間腹決まりますから。


「続かない人というのは、こういうのやらないだけですから。」


そもそもやるなという話です。


やらなくていいんですよ。

「なんでやるんだ」という話なのです。



 

僕の1番のお勧めは遠くの神社に行けばいいのです。片道3時間ぐらかけて。1日時間を使って。

 

しかも神社にいき、本当に土下座をするのです。人のいる前で。

 

「大丈夫、死にはしないです。」

 

人というのも他人ばかりで、もう出会わないですから。

 

出会っても、「1年前のあの時に、土下座をしていた人だ!」と言われないですから。

 

覚えていないです。土下座していた人がいるという記憶はあってもね。強烈ですから。

 

 

そして、なおかつ賽銭箱に1万円を放り込むのです。

 

「やらせてもらう代金です。」

 

ここまですれば最高です。

 

僕はやったことがないことは言いませんから。(言ったこともあるかもしれませんが)

 

1回だけですが、やりました。

 

 

細かいのは家で、何度か土下座して「やらせてください」と言って、やりました。自分で「いいよ、やらせてあげるよ」と神様の役も演じながら。

 

 

でもやっぱり神社に行き、1万円払うのが最高です。

 

しかも1日かけるのです。

 

するとなにかある時に、「これをやらせてもらうのに、1日かけてあんな思いをして、さらに1万円を払ったんだ」と記憶、出来事が自分を支えてくれますから。

 

 

 

「こういうふうにやると続くのです。物事が」

 

 

「人はかんたんに物事をはじめすぎなのです。」

 

 

それは物事が続かない、意思が弱い等ではなく「やる儀式がない」からです。

 

 

でないと続かないのです。

 

僕はそうしています。今はそんなにしないですが。別にやれるので。やれない場合は昔やっていました。

 

参考になれば嬉しいです。