日本を支配している在日朝鮮人たち、

 

 


 

そのルーツをたどると、縄文人サンカを侵略した朝鮮半島人にまで遡ることができます。
 

 

 


yap遺伝子を持つ縄文人が平和的に暮らす日本列島に大陸・半島系移民が来る前に、古代出雲国という緩やかな統治体がありました。狩猟採集の山の民(サンカ)と漁労の海の民(アマゾク)が交易しながら交わり、海と湖を川で結ぶ琵琶湖や諏訪湖周辺、安曇野の内陸部に文化的な拠点を築きました。

この日本列島の侵略が始まったのは、秦の始皇帝による不老不死の妙薬探索の命を受けた徐福が九州に上陸したBC219年以降のことです。以来、孔子の言った「東方の彼方の理想郷」を求めて大陸から朝鮮半島経由で日本列島に渡来する人々が増えて、九州地方では、大陸・朝鮮半島との本格的な交易が始まります。

やがて、3世紀になると日本列島に統治体を形成する確固たる意思を持った人物が入り込みます。これが、第10代崇神天皇となったミマキイリヒコで、『古事記』「日本書記』で「ハツクニシラス(初めて国を治めた)」と称される人物、大陸系血脈を持った朝鮮半島人です。

初代神武天皇とされる人物は寓話的存在ですので、初代天皇のモデルとして実在したのが、第10代崇神天皇となる朝鮮半島人ミマキイリヒコです。

京都丹波に出雲大神宮という神社があります。『徒然草』に「丹波に出雲と云ふ所あり」という話としても出てくる古くから有名な聖地です。





 

この出雲大神宮の御祭神が崇神天皇でこのように記されています。



 

 

「崇神天皇が再興された」とありますが、正確に言うと、ここに元々いた第9代開化天皇を追い出して乗っ取ってここを拠点としたという意味です。

開化天皇は、『日本書記』では「稚日本根子彦大日日尊(わかやまとねこひこおおひひのみこと)」と称されていて、「日本根子」とあるように、元々日本列島に根ざした人物です。つまり、古代出雲国という緩やかな統治体の最後の王となった人物であり、『古事記』に記されている国譲りの主役です。

京都丹波の出雲大神宮の地で、朝鮮半島から来た崇神に開化による国譲りが為されたという物語になっていますが、実際は朝鮮半島系血族による縄文血脈の出雲族への侵略であり、島根県の出雲大社及び東北地方に追いやられ、近畿地方、畿内は吉野や三輪山等に残された出雲族拠点の地以外は征服されました。

以来、大陸・朝鮮半島系渡来部族が日本列島各地の古代出雲系部族をいかに支配してゆくかというのが日本の古代史となり、朝鮮半島系部族の血族天皇を権威として大和朝廷成立から藤原平安文化に受け継がれてゆきます。

この朝鮮半島血族の天皇・律令制に対抗したのが、縄文由来の血族サンカであり、その血脈が源頼朝であり、足利尊氏であり、信長、秀吉、家康と引き継がれます(征夷大将軍の「夷」=縄文サンカを天皇に従わせたという称号を得ながら)。家康は、世良田二郎三郎という人物が入れ替わっているので縄文サンカの血流です。



この縄文サンカ統治を覆して再び朝鮮半島部族が支配権を取り戻すための革命が明治維新であり、太平洋戦争敗戦後のGHQによる背乗り政策に乗じた日本人支配が現在に至っています。