透析中、ベッド上4時間の有効活用として、携帯用DVDプレーヤーを持ち込んで、入院のため観れなかった『マトリックス・レザレクションズ』を観ました。
映画『マトリックス レザレクションズ』公式サイト|プレミア配信中!4.20ブルーレイ&DVDリリース (warnerbros.co.jp)

感動しました。引き裂かれたネオとトリニティが、「ネオ!」「トリニテイ!」と叫ぶクライマックスは、映画『卒業』の「エレーン!」「ベン!」を想起させます。それで、私独自の解釈をしてみます。
「マトリックス」とは、宇宙の根源プレローマから隔離されてしまった地球(仮想現実)を意味します。それに対して、アイオ(ザイオン)に閉じ込められた人類は機械(AI)に支配された仮想現実から自由になって、プレローマとつながるために、覚醒者のネオやそのサポート・クルーがAIに反撃する。
今回のテーマは、ネオにとってのツイン・レイ(ソウル)、AIに閉じ込められているトリニティ――唯一無二の愛すべき存在の救出です。トリニティは、キメラ・アルコン・ドラコ・レプタリアンによって、地球から排除されて瀕死の状態に貶められた、惑星ガイアの女神イシスを示唆しています。つまり、イエスのメタフアー(暗喩)であるネオにとって、トリニティとは、イエスの愛したマグダラのマリアであり、すなわち、女神イシスのメタファーです。
女神イシスは、宇宙の根源プレローマの化身です。キメラ・アルコンによる地球隔離とは、すなわち、プレローマとつながる女神イシスの影響力を排除することでした。アトランティス以来のイシス信仰を壊滅させて、プレローマから隔離された二元性の世界に人類を閉じ込めました。これが、映画『マトリックス』で描かれている仮想現実であり、現在、私たち人類の物理的存在となっている3次元世界です。
宇宙の根源プレローマについては、以下参照。
プレローマと切り離された二元性の世界について述べている『グノーシス』文献は、「プレローマ」と「ヤルダバオト」の二元性を記していますが、キリスト教の異端として排除されてきました。グノーシス神話では、至高神が「プレローマ」という神性が完全に満ちている世界を創造したが、初期異常によって「ヤルダバオト」という狂った神の世界もできてしまった。「ヤルダバオト」は「プレローマ」を追い出されて、私たちのいる世界で「神」として振る舞うと述べられています。この「ヤルダバオト」の世界が、「マトリックス」なのです。
2020年に、ガイア女神イシスは復活して、このプレローマと地球はつながりました。そして、人類の多くが、この二元性の偽りの世界「ヤオダバオト」=「マトリックス」を脱するためには覚醒しなければならない。それがトランプ革命から始まって2年余り続いている状況です。
そして、目覚め始めている人々は、DS・カバール VS トランプ・プーチン、闇の勢力 VS 光の勢力、神 VS 悪魔……というまさに二元性の戦闘渦中に在ります。マトリックス=仮想現実=トランプ劇場の意味を理解し、仮想現実の中で眠っているマスク奴隷の人々を起こそうとしている。そして、緊急放送やGESARAを期待し、待ち望む。
その際に、人類にとってネガティブなものを拒絶して、その大元を陽の下に晒すという作業はとても重要なのですが、困ったことに、今年になってからは特に、あらゆる情報にネガティブ波動がまとわりつくようになって来ています。たとえば、「銀河連邦(連合」」「アセンション」「新地球」等の言葉に闇勢力の浸透が起きています。光の勢力の情報を装いながら人々の周波数を下げることを目的にしたスピリチャル情報が増えてきました。
その結果、目覚め始めた人々を、そのような真実らしき情報に依存させることで、自ら考えることをさせないように仕向けています。「神聖な計画」通りなのでただ待っていればそれでいいというのでは、闇の勢力の思うつぼです。
では、どうしたらいいのでしょうか。ヒントは、マトリックスの運営者で、ネオの監視役の「アナリスト」の以下の言葉にありました。
「希望と絶望のコードはほぼ同じ。君たち(ネオ、トリニティ)一人だけでは価値が無い。酸と塩基のように混ぜ合わせると危険になる。君たちが触れ合うと恐ろしいことが起きる。そこで私は、君たちを程よい程度に近づけておいた。すると驚くべき事が起きた。君たち人間は無意味(フィクション)を信じる。何がフィクションを現実に変える? 感情だよ。」
「君たちを程よい程度に近づけておいた」とは、戦後、お花畑の中でエコノミックアニマル化して、同調圧力の下、飼い慣らされた日本人の「程よい幸福感」そのものです。三島由紀夫が絶望した世界観(「治りたがらない病人には、病人としての資格はない」)です。あらゆる局面で無意味(フィクション)を信じて偶像崇拝しながら、政治的にも経済的にも程良いが、真実ではない幸福感に慣れることを強いられてきました。
真実探求から逸脱して受験勉強・偏差値教育と化した教育の中で、親も子供たちも真実の感情よりも程良い幸福追求という社会動向への同調を最優先するため、捌け口を失った感情に苦しめられることになります。つまり、それが真実なのか、虚構なのかという見極める感情が機能しない。
その結果、マトリックス運営者のアナリストの目論見通り、日本人は自分の頭で考えずにマスクし続けて誰かの指示を待って依存し続けています。そして、さらに目覚めた人々に対しても、誰かの「ニセモノの癒し情報」に依存するように仕向けられています。闇による情報浸透状況は憂慮すべき深刻な状況となりつつあるようです。
このアナリストの目論見に立ち向かうのが、ネオで、ツインレイ(ソウル)のトリニティを求めます。そして、驚くべきことに、ネオにとって最強の敵であるスミスが、ネオに協力してアナリストの謀略を破砕します。スミスの次の言葉が印象的です。
「ずっと考えてきた。物事を形成する物質の本質がいかに二元的か。1と0、光と闇、選択と強制、アンダーソン(ネオ)とスミス……。」
ネオが救世主イエスのメタファーであるとしたら、スミスはアルコンのメタフアーと考えてもいいでしょう。アルコンは、元々、大天使であったが、創造主に逆らって、創造主になり代わって自らの世界を築こうとしました(地球隔離と侵略)。ネオに言ったスミスの次の言葉が象徴的で意味深です。
「君と私の違いがわかるか? 誰でも君になれるが、私は誰にでもなれる。」
人は誰もがネオ(イエスつまり創造主の望むもの)になれるが、私(スミス)は、創造主が望まないものにもなれるという意味でしょう。
現在の地球のプレローマからの隔離状況は、創造主の意思とは無関係の初期異常によるものであるならば、スミスの考え方はとても興味深いものになります。スミスという存在は、初期異常を修正するためになくてはならない「必要悪」の存在となるからです。
地球惑星及び人類のアセンションはこの初期異常の修正という使命があると考えると、この壮大な宇宙ドラマの結末は、二元性の存在しないプレローマに回帰するということになります。
女神イシスが復活したので、これからは誰の心にも少なからず在る、捌け口を失った感情を癒そうと思えば癒すことができるようになります。映画で描かれたツインレイの出会いがこの仮想現実世界に於いては成立しなかったとしても憂慮する必要はありません。バーチャルな二元性の世界ではなく一元性の世界で実現します。
映画『マトリックス・レザレクションズ』の次回作は、私たち人類の克服すべき課題となったこの二元性の克服がテーマになるのでしょうか。
