ドイツにて 娘と留学当時からの友人
連載を続ける私、
連載を続ける私、
えらい✨
でも義務的じゃないの。
仕事のためでもない。
私のため。
そして
=世界のため
そう思えるようになったから、
スピプロとそみ師匠に感謝しつつ、
今日も書きます♬
✨✨
初めての海外。
初めてのドイツ🇩🇪
着きましたよーーーーーーーー‼️
海外にはずっと憧れてたの。
中学の時から。
純粋に好奇心。
何もかも違うなんて😲!
言葉も、
食べ物も、
人種も、
信号機も!
フライブルク中央駅に
たしか友だちが迎えに来てくれた。
私は無事、飛行機を乗り換え、
フランクフルト空港から新幹線に乗って、
フライブルク中央駅までは自力で来た。
トイレがどこにあるか聞こう❗️
私の最初のドイツ語会話は、
空港にて、
Wo ist die Toilette? (笑)
質問はできても、
答えがわからないってことに気づいた😲(笑)
友だちと街を歩いて、
キョロキョロキョロキョロしてたと思う。
確か、Vogel って書いてあった
洋服屋さんの看板を指差して、
アレなんて意味?
って聞いた。
鳥だよって。
ぜんぜん意味のわからない言葉が
並んでて、
そしてみんなはわかってるっていうのが、
不思議で、
面白かった。
チンプンカンプンな言葉。
すれ違う人、
パン屋のお客さん、
ザワザワガヤガヤみんな喋ってるけど、
一言もわからない。
友だちに、分かるの?って聞いた。
ほとんど分からないって(笑)。
ぜんぜん意味のわからない
言語が飛び交う中、
ハッ‼️と、
聞き慣れた声が聞こえた!
振り返ったら赤ちゃん👶
赤ちゃんの泣き声はどこも一緒なんだな。
面白くてしょうがない。
でもおっかなびっくり。
友だちの部屋に居候したのは2週間。
友だちが手伝ってくれて、
ていうか私は隣で見てただけ、
ドイツ語を学ぶための
語学学校を探してくれて、
そこが斡旋してる部屋もあてがわれ、
ドイツで一人暮らしが始まる時は、
不安で泣いた。
友だちの部屋にずっと住んでていいかって聞いて、
それはよくないって、
経験で知ったからムリだと言われて、
落ち込んで、
友だちのアパート裏にある、
城山展望所にひとりで登って、
(同じ名前で全く同じようなものが
鹿児島にもあって、
密かに嬉しい💓)
泣いて、
友だちも泣いた。
若かったな。
今のこと書くより恥ずかしい(笑)。
友だちが一緒にドイツにいたのは3ヶ月間。
行ったよ、ミュージカルも‼️
ドイツに着いた翌日。
超感動、メロメロだったーーーー😍💕💕💕
近くのユースに泊まって、
道を間違えて公演に遅れそうになり、
靴を脱いで走ったのもいい思い出(笑)。
観光ビザの3ヶ月で帰るかと思ってたけど、
同じ語学学校の日本人に聞いて、
語学学校ビザなるものを
申請して、通って、
でもビザの役所の人って
なかなか意地悪でね、
そして同時期に
路面電車に無賃乗車で捕まって、
ヤクザぽいチェック員に
事務所に連れてかれて、
終電だったからトボトボ
線路の上を歩いて帰ったり。
後で知ったけど治安の悪い地域。
そんな時に
フライブルクの中心の交差点で
友だちと待ち合わせて、
顔見るなり大泣きした。
人前で、
しかも公衆の面前で泣いたのは、
幼いころ以外じゃ初めてで、
私はぜんぜん泣かない、
泣けないタイプだったから、
人生で詰まってた色んなものが流れたな。
それ以来よく泣いた。
不思議とホームシックはなくて、
むしろ今まででいちばん、
ホームを感じてた。
初めての海外だから、
ドイツなんて文化もぜんぜん違うし、
違うなーーーーーーーって感じなんだろうと思ってたのに、
昔から知ってるみたいに、
故郷に帰って来たに近い感覚が、
初めて降り立った時に感じて、
不思議だった。
✨
そんな風に始まったドイツ生活。
友だちは3ヶ月で日本に帰っちゃったけど、
その間に語学学校で
新しい親友ができて、
友だちが帰った直後に、
別の語学学校に移り、
同時に家も変え、
そこで未来の夫に出会った。
ドイツに来た時も、
3ヶ月後友だちが帰った時も、
不安で仕方なかったけど、
バトンタッチのように、
いつも私には家族のような存在がいたな。
さんざん二の足三の足踏みまくって
行ったドイツなのに、
待ち合わせてたかのように出会う
運命の面々たち。
不思議でしょうがなかった。
神様的な存在を信じたよね。
話しかけて祈るようになった。
感謝するようになった。
ビギナーズラックかな、
神さまは飛べないハードルは用意しない。
私は弱々ダメダメだったから、
今よりさらに(笑)、
だからケアが手厚いのかな(笑)。
明日はドイツの写真たちを、
掘り出してくる予定!
ブログに当時の写真載せていきます!
お楽しみに❤️
クリックビッテ❤️

