愛される定義・・・ | 脳科学×心理学で現実創造|バタフライコード主宰
こんにちは★

優希です。


自分の中の「愛の定義」が「愛=構ってもらうもの」と潜在意識で
思っていると構ってもらわなきゃ愛を感じられない、となります。


だんな様や忙しくしていると、愛がない・・・。
あたしより、仕事優先なのっ!!って、なりがち。


よくよく考えると家族を養うために仕事してくれてるんだから
これ以上の「愛」はない訳です(#^.^#)


しかし「構って」ルールが、知らず知らずにも自分の中に適用されていると、鏡の法則で自分のまわりの人を構わなければいけない状態に陥りがちです。



たとえば、だんな様がいろいろ口出してくる、とか、子どもが病気がちなど。
これは自分の潜在意識に「構って!」があるので、それを身近に投影している現象です。
鏡に「構って!」のエッセンスがうつってるんですね。




このココロのタネって何だと思いますか?




これは幼い頃に「私を甘やかせて!ずっとそばにいて!」と親に対して思っていたことがタネになるんです☆
子どもの脳では、構ってもらって優しくしてくれるのが愛だと勘違いするんですよね。




時には優しく構って♪は有りですが、本当の親の愛は、「子どもを成長させること」ですよね。




子どもは泣いたり騒いだり、イライラさせられるのしょっちゅうです。
私たちも親を泣かせたりイライラさせてきたこともあるのでしょう。。。



しかし、そんな時でも親は私たちにご飯を食べさせ、学校に行かせ、当たり前に世話をしてくれていたはず。
これが愛と言わずなんと呼ぶのでしょう?




こんな「当たり前」に愛があるんですよね。



私たちは立派に成人しています。
ということは、親が十分に愛を与えてくれているからですよね。

愛が当たり前にあるんだ♪
と認識できたら鏡の法則はどうなると思いますか?


そうです。


そこここに「愛が溢れてる」となりますよね(#^.^#)




自分の中の「愛の定義」を考えてみてもいいかも知れません(#^.^#)