少しずつ別れを感じて | 心のままに♡

心のままに♡

すべてはひとりから

人に優しく、自分にはもっと優しく
日々、ご機嫌に過ごしていこう。

もう15年ほど前になるでしょうか。



友達と銀ブラをしてたら

テレビ局のクルーの人に

声をかけられました。


銀ブラって、今も言うのかな?




「お母さんはご存命ですか?

ご存命だとしたら、

あと、何回お母さんに会えると思いますか?」



おそらく高齢の母親を持っているであろう

50代の女性をみつけて

声をかけていたのだと思います。




一緒にいた友達は

お母様は亡くなられていたので

質問は私に集中でした。




あの頃、母は千葉県に住んでいて

まだ元気だったので

横浜にいる私は

年に数回会いに行くくらいでした。




あと何回会えるのだろう?

と、考えたこともないなぁ



うーん、年に3回として

あと10年くらい母は元気でいる

として30回ほどかしら?



と、答えたと思う。




後日朝のワイドショーで

放送予定と聞いて

観てみたら


放送されたのは

わずか15秒ほどでした笑ううさぎ




その数年後

母は千葉県の家を売り



我が家から30分くらいの

サービス付き高齢者向け住宅に

引越してきました。




その後、駅の改札口で転んで入院

私たち姉妹は月に二度

買い物や掃除で母の元へ




あれから5年が経ち

母が亡くなるまで

100回は会ったでしょうか。


まさか、こんなに多く母と会うとは

あの頃はつゆにも思わず




最後の数週間は

施設に行ける限りは

会いに行ってました。



でもその期間があったので

母の死を素直に受け止めることが

できたのかもしれません。




昨日は母が暮らしていた施設に

最後のご挨拶に行ってきました。




事前に妹夫婦が

母の部屋をきれいに片付けを

してくれたので

助かりました。



お世話になったケアマネさんや

副施設長さん


そして母が亡くなる数日前に

「お母さんは

静かに逝かれると思いますよ」

と、言ってくださったヘルパーさん



みなさん、出勤の日で

心ゆくなくご挨拶ができて

ほんとうに良かったです。



職員さんが何人いらっしゃるか

わからなかったので

少し多めにお菓子を見繕って

いきましたが

大丈夫だったかな?




退所届にサインと

捺印をして



入居時の契約とは

違い、簡単な手続きでした。




妹夫婦と

これでほんとうに終わりね

と、


妹は片付けながら

母のいないベッドが寂しかった

と言いました。



そう、母の面影が残った

部屋ともお別れをしたのです。





ちょっとお茶でもしてゆこうか

と妹夫婦と私たち夫婦

4人で武蔵野森珈琲店へ

寄りました。




次は8月の納骨と初盆ね



亡くなるということは

こうして、少しずつお別れを

してゆくのですね。


残った人が

寂しくないように

うまくできているのだ

と、しみじみ思います。




今日は

美輪明宏さんもお亡くなりに

なったことを知りました。



母と同じ歳で

亡くなった日は

わずか5日違いでした。




なんとなくご縁を感じて

しまいます。



ご冥福をお祈りいたします♡