先祖を辿ってゆくと | 心のままに♡

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私の母方の先祖で

気になっていることが 

ありました。




そのことを妹に伝えると

妹も実は気になっている 

という



母の元気なうちに調べておこう

と、早速

区役所に行ってきました。




まず母の除籍謄本を

出してもらいます。




そこで母方のお祖父さんまで

わかりました。

(私にとっては曽祖父です)



実は母方の祖母のルーツは沖縄

ということを

最近になって知りました。



祖母が生まれ育ったのは

大分県ですが、


さらに上の先祖は琉球王国の時代に

遡るようです。




へー、と思い

沖縄のどのあたりが

出身なのか

島なのか本島なのか


そのあたりがわかれば

今度、沖縄に行ったとき

訪ねてみたいな

と、思った


そんな軽い気持ちで

役所の戸籍課に

行ってみました。





戸籍課って

割と時間がかかるのですね。



一度目は

前の方が複雑な事情ありのよう


しかも職員の方が少なく

一時間近くかかりました。



本当はその上の先祖まで

辿ってみたかったのですが

時間がなく、

諦めて帰りました。




今回は

前回いただいた謄本を持参して

この方の上まで知りたい

と、言います。



江戸時代まで遡ると

わからないかもしれません

と、言われ


それでもわかる範囲で

お願いしますと

ダメ押し




15分ほど待つと

呼ばれました。

(おっ、今度は早いぞ!)



すると

私の祖母のお祖父さんの名前まで

わかりました。



しかし

私の祖母が明治28年生まれで

そのお父さんがなんと

弘化2年生まれ


お母さんは

嘉永6年生まれでした。



これって江戸時代ですよねびっくり

係の人も

そうですね〜


これ以上は

わかりませんね。



ごもっともです。

ありがとうございました🙇‍♀️

と、丁寧にお礼を言い

帰ってきました。




帰って調べてみたら

弘化2年は

西暦1845年

(あの終戦の100年前です)



嘉永6年は

1853年でした。



まさに「べらほう」の時代?

もうちょっとあとかしら



あいにく

その時点での本籍は

大分県で

琉球王国の出所は

わかりませんでした。



けれど

ひいひいお祖父さん、お祖母さんの

名前までわかりました。



名前も時代劇に出てきそう。




江戸時代から明治

おそらく貧しい地方の農家

でしょう。



天災や疫病

などをこの方々が生き抜いて

今の自分がある


と、思うと

なんだか感慨深く

謄本を見るのでした。



さらに

あの大きな戦争があった中で


こうして

一般市民の謄本が

きちんと守られてきたこと

に対しても


凄いことだな

と思います。



週明けに

妹と母の病院の付き添いに

行きます。



そのときに

この謄本を母に見せて

3人でいろいろ語り合えたら

いいなぁと思います。



これも親孝行かしら

なんて。



一番懇意にしている従姉妹が

都内にいるので

彼女にも見せてあげよう

と、思うのでした。







最近の夕暮れは

燃えるような茜色


秋も近いですね🍁