こんばんは、dekoです。
うまくいった日も、
そうじゃない日も、
今夜もお疲れさまでした。
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前回の記事でちょびっと触れましたが、
私は、
子どもが楽しそうにしているのが何よりも嬉しいです。
だから、長男が不登校になった時も、
それはそれは、心配しましたが、
紆余曲折があった末、
どんなネームバリューのある学校へ行くよりも、
長男が楽しくしてくれるのが一番いい、
という考えに着地しました。
心からそう思っていました。
私がそんなふうに思うのは、
親の愛、
だけじゃなかったようです。
私は今、算命学を学んでいますが、私が子どもに望むものが、『楽しむ』と出ているのです。
人によっては、それが行動力だったり、協調性だったり、自分を深めることだったり、それは、配置された星によって変わってきます。
算命学の膨大な情報量に触れて、
そして自分のことを知れば知るほど、
人は誰一人として同じ人はいない、
ってことが、知識でも綺麗事でもなく確かな実感として、感じられるようになってきました。
『長男の不登校』という激震をくぐり抜けて、そして、算命学というツールを使って客観的な視点を持てたこと、
私の中で体験(主観)と学問(客観)ががっちりと組み合わさって綺麗事ではない確かな手応えを得たのです。
これは、本当にすごいことです。
いわば、私たちって希少性の塊なのです。
どんなに自分のダメさ加減にに打ちのめされていても、
私の存在そのものに意味があるんです。
うまく出来るとか出来ないとかは関係ないんです。
泥だらけになってもダイヤはダイヤです✨