皆さま、おはようございます!
皆さまは旅の予定を組む際に時刻表を使われてましたか?
今はネットで正確な情報が簡単に得られる世の中ですけど、
その作業に物足りなさを感じてる同志の皆さん、
きっと多いのではないでしょうかね?
知ってる商品をネット通販で購入するよりも
時間をかけてお店を周り、好みの商品を探し出す方が楽しい…
それに近い感覚だと思いますが如何でしょう?
話は変わり、こちらは時刻表の巻頭に掲載されてる鉄道地図です。
この鉄道地図は、路線の位置関係や駅名が確認しやすいように
現実の地形と異なるディフォルメされたモノでしたが、
中には「そこはちゃうだろ」とツッコミを入れたく箇所がありました。
そんなひとつがここ、唐津線・本牟田部(ほんむたべ)駅です。
地図上では、筑肥線は本牟田部駅の北側にある山本駅で
唐津線と分岐すると、本牟田部駅を避けるように大きくカーブしてから
唐津線と交差して西側(伊万里駅方面)に伸びてますが、
実際の線路配置はそんなのじゃないのです。
それではどのような線路配置なのか?
上が国道側から見た本牟田部駅。
唐津線は国道203号線に添うように伸びてる路線で、
本牟田部駅も国道のすぐそばにありました。
駅のすぐそばに国道を跨ぐ横断歩道があるので
ここから駅をチェックします。
唐津線は全線が単線の路線ですが線路に注目ですよ!
線路が複線になってるだと!?
いやいや唐津線は単線のはずなのですけど…
手前側に見えるホームが無い線路の正体とは…
実はこれ、山本駅で分岐した筑肥線の線路だったのです。
本牟田部駅は目の前を筑肥線の線路が伸びているのに、
筑肥線側にホームが無いために唐津線の列車のみが停車する駅。
だから時刻表の鉄道地図にはあんな表記がされていたのですね。
ちなみにこの先(南方)の2本の線路の行方ですが…
本牟田部駅から南方1.5キロほどを国道203号線と並走。
やがて2線の分離地点が現れ、
筑肥線が唐津線を跨いで西方に分かれます。
ここは時刻表の鉄道地図通り、分離形態だけは忠実に再現されてたのね。
なお、唐津線を跨いでいった筑肥線の先を進むと
煉瓦積みのトンネルが姿を現します。
一見すると明治~大正期に造られたように見えるトンネルですが、
そもそも筑肥線のこの区間が開通したのは昭和10年なのですよね。
ひょっとしたら、筑肥線が開通した際に
明治32年に開通した唐津線をルート変更させて
唐津線のトンネルを筑肥線用に転用したとか?
何やら曰くがありそうなトンネルでしたよ。
話を本牟田部駅に戻します。
本牟田部駅は昭和35年に開設された駅でした。
実は戦前にも本牟田部駅が存在していたそうで、
当時は唐津線ではなく筑肥線側にあったとのこと。
筑肥線が昭和12年に国有化される以前の伊万里鉄道の時代、
昭和12~16年にかけて存在していたんですって。
線路と国道との間にはわずかなスペースしかないのですが、
初代の本牟田部駅がどんな姿だったのかが気になります。
国道からは歩道橋の他に、
構内踏切を渡っても駅に入ることが出来ますよ。
本牟田部駅は単式ホームが1本あるだけの停留所タイプの駅でした。
最後は駅名標で〆ます。
JR九州仕様の駅名標の他に国鉄仕様(一部書き換えられてますが)の
モノもありました。
相知駅のアルファベット表記の配置がアンバランスなのは、
「ŌCHI」を「OUCHI」に書き改めたのがその理由。
相知駅は読みが「おうち」だから
国鉄時代は表記が間違っていたってことかな?
本牟田部駅の歴史もですが、日本語も難解ですな。
↑(久保田駅方面)
小城駅
東多久駅
中多久駅
多久駅
岩屋駅
相知駅
本牟田部駅(平成28年2月4日)
山本駅
唐津駅
西唐津駅
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