皆さま、こんにちは!
「貨物輸送が盛んだった昭和時代に戻りたい」
という話しは、このブログで100回以上言いましたが、
今では旅客電車しか営業運行しない上毛線も
昭和時代は貨物輸送が行われていたみたいです。
しかもこの駅ではスゴイ光景が日常茶飯事で見れたらしい。
前橋市郊外にあるこちらの駅でした。
上毛電気鉄道上毛線・三俣(みつまた)駅です!
前橋市内の郊外にある三俣駅ですが、
昭和61年まで貨物駅業が行われていたみたいです。
駅の西側に日本石油の油層所がありまして、
ここに備蓄するガソリンをタンク貨車で輸送していたそうですよ。
上は昭和55年に撮影された航空写真(@国土地理院)ですが、
油層所と、ホームの南側に専用線があるの、見えますよね?
ここまでの輸送には、タキ×1両が運用されていたらしい。
上毛電鉄には動態保存中のデキがありますけど、
この車両は平成21年に東急から転入されてモノであり、
生粋の上毛の車両ではありません。
上に写る電気機関車が上毛電鉄で動態保存中のデキ3021です。
鉄道むすめの北原ゆうきちゃん、かわええのぅ。
では、どんな車両がタキをここまで牽引していたかというと…
デハ100!
なんと、機関車代用の電車が、ここまでタキを牽引していたんですって。
あ~ 一度でいいからそんな光景を見てみたかった!
その貨物輸送も現在は途絶えて、
構内に広がっていた引き込み線も大半が撤去されてしまったみたいです。
そんな三俣駅のホームに入ってみました。
地獄の針山が装備されてますので手前の踏切からは入場不可ですよ。
三俣駅は列車の行き違いが可能な島式ホーム1面2線構造です。
油層所があった方向を見る。
油層所は消え、跡地には現在はアパートが建ち並んでいるみたいですね。
かつて、引き込み線が広がっていた構内。
貨物輸送が終了してから早30年が経過しました。
さすがに専用線が生きていた時代の遺構は無いと思ったのですが、
そばにある踏切から、中央前橋駅側を覗いてみたところ…
専用線に延びていた線路が残ってるじゃないのよ!
多分、現在は保線車両の留置線に使われている線路かと思いますが…
昭和50年代後半は「いい旅チャレンジ20,000km」キャンペーン真っ盛り。
当時の自分は、国鉄路線を踏破することばかりが頭の中にあって、
私鉄線にはまったく興味がありませんでした。
つくづく思いますが、当時は本当に惜しいことをしてましたよね。
最後にもう一度いいますけど、
「貨物輸送が盛んだった昭和時代に戻りたい」
上毛のデハが貨車を牽引する姿を見たかったです。
上毛電気鉄道上毛線
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