皆さま、おはようございます!
ことの発端は先月初旬に催された飲み会の席でのことでした。
隊員(という名の呑み鉄仲間)のひとりから
「家族が実家に帰省している隙を見て
家族サービスのために普段は封印し続けてきた廃駅探求心を開放するために
岩手をドライブしたい」という提案があったのです。
その日が昨日、4月1日だったのですよ。
運転不要、車内の飲酒もオッケーという甘い言葉に釣られて仲間が集合、
今回は総勢3名による探検隊が結成されました。
どんな様子だったのか、ザックリですがご覧あれ。
向かった目的地は田沢湖線沿線です。
クルマでの移動時間は約2時間、
この間、ずっと飲みっぱなしでしたので足元フラッフラでやんの。
そんな状態でも、しっかりと駅巡りを楽しんできましたよ。
こちらはタイミングよく列車が到着した小岩井駅でした。
田沢湖線周辺と言えば、絶対に外せないのが小岩井農場です。
ここにはSLホテル(現在は休止)があり、
貴重な蒸気機関車と20系客車を見ることが出来るのですよ。
本当はもっと間近で見たかったのですけど…
入園料400円をケチってしまい、遠目で見ていた我が隊でした。
だってですね、本来この入園料は、丸1日園内を楽しむモノなのですもん。
昔、結婚したての頃に、ここに女房と
生まれたばかりの上のチビを連れて来たことがありましたけど、
美味しいものを食べたり牧場を見学したりして、
それはそれは「家族っていいな」って感じになりましたからね。
それに比べ、貴重なブルトレが見れるとは言えど、
飲み仲間、もとい隊員とブルトレを見て、さっと帰ってくるとじゃ
同じ対価を支払うのに割り合いません。
…みたいなことをチケットカウンター前で熱く語っていたら
窓口のおばちゃが嫌な顔をしてました。
おばちゃん、本当に申し訳ありませんでした。
さて、お次はこの日のメーンイベント、
大正11年に開業するも
太平洋戦争の激化から昭和19年に不要不急路線の命を受けて、
現在も休止中の橋場線(現在の田沢湖線)の終着駅、
橋場(はしば)駅にやって来ました。
駅はこの階段の奥にありますのよ。
ご近所の方に見学の承諾をお願いしたら「どうぞどうぞ」みたいな感じで。
「奥に転車台跡の池がありますので、じっくり見てってください」
まで言われちゃいました。
おそらく、多くの廃線ファンがここを訪れてるのでしょう。
それにしても、酔っぱらいにこの悪路は辛すぎます。
足元をふらつかせながら、ようやく転車台跡まで辿り着けましたよ。
そして駅構内と。
2本のホームの他に、奥には貨車を留置させるための
貨物ホームの跡も見ることが出来ました。
ホームの構内踏切跡を入念にチェックする隊員たち。
決して酒酔いが酷くてゲロってるわけではありません。
それにしても、線路が撤去されてから63年も経過してるというのに、
こんなにまで完璧にホームが残されていたとは。
この日一番の感動スポットでした。
橋場駅を堪能し終えたあとは、
次の目的地である北上線沿線へと向かいました。
まずやって来たのが黒沢駅です。
大正10年に北上線(当時は西横黒軽便線)が
開通した当時に造られた木造駅舎が残る、ステキな駅でしたの。
ここの駅便もなんと大正10年築!
ホームの待合室も大正10年に建てられたモノでした。
これほど、開業当時のままで残されてる駅も珍しいのではないかしら?
片やこちらは、つい先頃(建物財産標の日付によれば4日前)に
上屋が建て直されたばかりのゆだ高原駅のホームです。
ゆだ高原駅のホームに何が起こったのだろう?
この後は仲間たちと温泉でカラダを休めて、
ノンビリと仙台に帰っていたのですが、
ふと、沿道沿いにある錦秋湖(湯田ダム)を覗いてみたところ…
!!!
わかりますか!?
湖の水面付近にトンネルの入口が開いているのが。
実はこれ、昭和39年竣工の湯田ダム建設に伴い
昭和37年に廃止された北上線の旧線区間(岩沢駅-ほっとゆだ駅)なのです。
普段はダム底に沈んでいるのですが、
この日は水面が低かったために姿を現していたのでした。
その先ではスノーシェッドも姿を見せてましたよ。
感動で泣いてもいいですか?
春が訪れると、雪解け水で水面は上昇し、
これらは再び姿を消すはずです。
橋場駅周辺では雪が残っていて、
訪れる時期を誤ったか?なんて話もしてましたけど、
これが見れたのですから大正解ですよね。
よかった、本当に良かった。
たまにはこんな、仲間と一緒の旅も楽しいですよね。
あちらこちら行った気でいましたけど、
これだけの秘境空間がまだまだあるのですから岩手は侮れません。
次回はお酒を控えめにして、落とし物には注意したいと思います。
昨日からスマホが見当たらないの。auショップで位置情報を確認してきます。















