皆さま、こんにちは!
 
昭和61年に予讃線のバイパスルートが完成し、その一部区間に変った内子線。
かつて内子線の終着駅だった内子駅の、訪問記の後編です。
内子線・内子駅
(前回分もぜひチェックくださいね)
 
まずはこちらから、前回のブログでUPした
内子駅ホームから眺めた駅前広場の景色でした。
内子線・内子駅
駅前には内子線で実際に活躍した蒸気機関車(C12)と旧駅時代の駅名標、
それと昭和61年に新線移転されて廃止になった
内子線旧線の廃線跡を転用した道路(青線)があるのですよ。
鉄道ファンでしたら、これを見逃すわけにはいきませんよね!
さっそくホームから降りて、様子を眺めに行ってきました。
 
まずは蒸気機関車が保存されてる駅前広場からです。
内子線・内子駅
機関車は広場の一番目立つ場所に保存されてますので
迷うことはまずないでしょう。
 
保存されてるのはC12 231号機、昭和14年に新製されたカマだそうです。
内子線・内子駅
 
近くには機関車の説明書きと思われる石碑がありましたけど…
う~ん、字が小さくてなんて書いてあるのかわからん。
内子線・内子駅
こちらの機関車の歴史で驚いたのが、
新製後の配置先が我が地元の仙台鉄道管理局だったってこと。
小牛田機関区から歴史が始まった機関車でしたの。
福島や会津若松を転々として、昭和44年に四国入りしたそうです、が…
 
内子線・内子駅
四国での活躍はそう長くはなくて、
1年後の昭和45年に廃車されてしまったとのこと。
廃車後は旧・内子駅北側にある内子小学校の校庭で保存され、
内子駅移転後にここにやって来たんですって。
ピッカピカに整備された車体、まるで現役機のようですね。
 
ここにはもうひとつ、旧駅時代、終着駅だった頃に使用されていた
内子駅の駅名標も保存されているのでした。
内子線・内子駅
内子線・内子駅
最近は保存された古い駅名標を見かける機会が増えましたが、
内子駅のように、オリジナルのままで保存されてるモノは意外に少ないかも。
汚れた駅名標ですけど、この汚れこそ価値があると思うのですが…
紅葉山駅とか宇和島駅とか、出来ればオリジナルのままでいてほしかった。
 
さて、駅前の蒸気機関車を見た後は、駅前を横切る道路も注目ですよ。
内子線・内子駅
こちら、昭和61年まで活躍した内子線の旧線を転用した道路でして、
この道を北上すれば、旧線時代の内子駅跡に辿り着けるのです。
 
内子駅から旧駅跡までは約600メートル、もちろん自分も行ってきましたぜ☆
内子線・内子駅
 
道を進むと内子町役場 兼図書館が現れました。
この建物の北側に旧・内子駅があったはずですが…
内子線・内子駅
ネットによると、旧・内子駅だった場所を示す石碑が
付近に立ってるはずなのですけど、なかなか見当たりません。
図書館にいた職員さんに聞いたところ、
「石碑は目立たなくてわかりづらいんですよね…」と言いながら、
丁寧に場所を教えてくれましたよ。
 
石碑は役場の西側にある、道の突き当り付近にあるそうです。
この道が内子線の廃線跡らしい。
内子線・内子駅
歩いて向かったところ…
 
ありました!これが見たかったんですよ!
内子線・内子駅
高さは50センチくらいかな?確かに目立ちにくい石碑でした。
足元を注視しないと、うっかり見過ごしてしまいそうな高さです。
 
ここで航空写真をチェック。
こちらは昭和51年に撮影された石碑がある付近の写真です。
中央に見えるのが旧・内子駅で、
奥に写るのが、かつてC12 231が保存されていた内子小学校でした。
内子線・内子駅
 
そして現在の様子。
内子線・内子駅
緑○印付近が旧線時代の内子駅があった場所です。
「国鉄内子駅」の石碑、かつての駅舎の中心に立てられてたみたいですね。
旧・内子駅は構内に蒸機時代の給水塔もあったらしい。
単行の気動車が行き交っていた終着駅時代の内子駅、
ぜひこの目で見たかったですよ。
 
こうして無事に、内子駅の旧駅跡チェックも完了しました。
内子線・内子駅
今回の旅で悔やむ点は、昭和61年に廃止された
五郎駅-新谷駅間の廃線跡が見れなかったことです。
レンタカーで現地を周ったのですが、道に迷っちゃいまして…
どちらのメーカーでも構いませんので、
ナビの検索カテゴリーに「廃線跡」を追加してくれませんかね?
 
 

訪問駅リスト(JR線)

内子線

 

↑(伊予大洲駅方面)

新谷駅(平成28年10月14日)

喜多山駅(平成28年10月14日)

五十崎駅(平成28年10月14日)

内子駅(平成28年10月14日) 前編 ・後編

↓(伊予立川駅方面)


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