皆さま、こんにちは!
今年の夏、青い森鉄道の小湊(こみなと)駅を訪れました。
実は2年前(この日の翌日)にも訪れてた駅でして…
前回も小湊駅の写真を撮っていたのですが、
その直後、旅で使用する切符を失くしていたことが発覚。
小湊駅の駅員さんに大変ご迷惑をかけてしまいましたの。
回送中の電車の車内や、その前に立ち寄った野辺地駅の構内を調べてくれたり…
本当に申し訳ありませんでした。
以来、その時の写真は苦い思い出とともに封印していたので、
今回はリベンジ訪問です。
小湊駅前は快晴!朝から気持ちがいいぞ~!
小湊駅は夏泊(なつどまり)半島の最寄り駅、
付近には観光名所がたくさんあるようですよ。
でも、それ以上に気になったのがこちら。
平内町にある松風塾高校の学園祭のチラシでした。
単に女の子が準備体操をしているだけのシーンなのですが、
ツンな視線とチラ見せする脇&お腹、わずかに膨らむ胸部…
たった1枚のポスターにこれだけの萌え要素を盛り込めるとは、
松風塾高校の生徒さんたち、なかなか手ごわいっすよ!
駅舎に入ります。
小湊駅と同じ明治24年に開業した、浅虫温泉駅に似た造りの駅舎でした。
造り的にみて、昭和40年代初頭に建て替えされたモノかな?
こちらはファンの間では有名な、ホタテ貝のカタチをした駅名標です。
文字部分に本物の貝殻が貼り付けられてるの、ご存知でした?
小湊駅は相対式&島式ホームによる複合2面3線構造です。
2本のホームは跨線橋で結ばれてますが、中を見てビックリしましたよ。
壁一面に平内町の観光名所が描かれているのですけど、
最初は写真を引き伸ばしたモノかと思いましたら、
1枚1枚手描きされた絵だったんですね!
それにしても上手い、上手すぎます!
こちらは平内高校美術部さんの作品らしい。
松風塾高校さんのポスターといい、
平内町の子たちの画力はホント素晴らしいですね。
あっ、向山駅には自分の絵が飾られてることも一応言っておきます。
平内町の子たちから「ふざけるな」と怒られそうなレベルの絵ですけど。
さてさて、小湊駅の北側(海寄り)には数本の側線が見えます。
国鉄時代は貨車が留置される小ヤード、
現在は保線車両の留置線として活躍中の線路ですが、
過去にもうひとつ、大きな役目を担っていた側線なのでした。
昭和21年から24年までのわずか3年間ですが、
浅所海岸近くに青函連絡船の小湊桟橋がありまして、
小湊‐函館間を青函連絡船(貨物船)が運行されていたのですよ。
上は昭和22年に撮影された小湊駅周辺の航空写真です。
ヤードには石炭車?らしき貨車がいっぱい留置されてますよね。
小湊桟橋まで延びる線路はデルタ線になっていて、
小湊駅側、清水川駅側の両方向から列車が進入出来る構造だったそうです。
昭和22年に撮影された航空写真。国土地理院のサイトより転載。
元は戦時中に、道内‐本州間の石炭輸送を
増強させるために設けられた小湊‐函館航路でしたが、
終戦までに岸壁の完成は間に合わず。
昭和21年に運航が開始されるも、
わずか3年で休止された幻の航路なのだそう。
そして、この航路のために敷かれた臨港線ですが…
現在も多くの箇所で遺構が見れるそうです。
これは絶対に見に行きたい!
次回、青森に行くのは向山駅愛好会のイオンイベント(1月?)があるときか。
雪が積もってるから絶対に無理じゃん!
国鉄時代から残るホームの案内看板。
以前はこの隣に白鳥像があったようです。
浅所海岸って白鳥の飛来地としても有名なんですね。
小湊駅がある平内町は育成ホタテの水揚げ量が全国一の町だそうですよ。
ネットで平内町をチェックしてたらホタテが食べたくなってきて
値段を調べると、1518枚入りがなんと3,300円!
安すぎる!と思い確認したら15~18枚入りの間違いでした。
こういう慌て方をするから切符も落とすんだろうな。
…ってことで、来年は気を引き締めて
辺りに迷惑がかからぬように旅を楽しみたいと思います。
いやいや、今年はまだ2か月も残っているだろうに。
↑(盛岡駅方面)
三戸駅
野辺地駅
小湊駅(平成28年8月12日)
↓(青森駅方面)


















