皆さま、おはようございます!
2週間前のことですが、宗谷本線の稚内駅に行ってきました。
国内最北端の駅として知られている駅ですよ。
訪問記の前に…
今回は稚内駅の歴史について書きたいと思います。
稚内駅は歴史によって鉄道地図が大きく塗り替えられておりまして、
これ抜きで訪問記は語れませんの。
知っていれば10倍楽しめる稚内駅の歴史にお付き合いくだされ。
まずは稚内駅の開業当時の様子からです。
稚内駅が開業したのは大正11年のことで、
当時は稚内市内の南部に駅が置かれていました。
この頃、南樺太は日本の実効支配下にありまして、
稚内港と南樺太の大泊港を結ぶ国鉄連絡船・稚泊連絡船が大正12年に開業しますが、
連絡船の乗船待合室は現在の稚内駅近くに設けられており、
乗客は稚内駅から1,6キロの距離を歩いて、待合室に移動したそうですよ。
大正13年になると、稚泊連絡船のアクセス改善のために
稚内駅-稚内港(わっかないみなと)駅が開通します。
稚内港駅まで延びる線路は稚内駅の手前で分岐しており、
旭川駅方面から来た列車は稚内駅に入線後に一旦後退、
スイッチバックして稚内港駅に進入したそうです。
稚内港駅の駅舎は連絡船の待合室を転用したためにホームから離れ、
街側に背を向けた、海側を正面にした向きにあったそうで。
その後、稚内駅が大きく変化したのは昭和13-14年にかけてのことです。
稚泊連絡船の接岸位置が北防波堤ドームの向かい側に改められたために、
ドーム先端まで線路を延長、新たに稚内桟橋駅が設けられたのでした。
これを機に稚内港駅はホーム寄りに駅舎が移転され駅名を稚内駅(2代目)に改称、
併せてそれまでの稚内駅は南稚内駅に改称されましたの。
この運行形態は稚泊連絡船の運航終了まで続けられ、
昭和20年の終戦とともに連絡船の運航が中断すると、
稚内桟橋駅も廃止されてしまいました。
なお、スイッチバック構造で残された南稚内駅ですが…
こちらも昭和27年に駅位置を1キロほど移転されてスイッチバックを解消、
こんな経緯で、稚内市内の現在の線路配置が完成したのでした。
それ以外にも、南稚内駅-稚内駅間の線路移設があったり、
音威子府駅と南稚内駅を結ぶ天北線が存在していたりと
もっと細かな変遷があるのですが、大まかには上記の通りかと。
どうです、すごいでしょ!
この歴史を見ただけでも、稚内駅の歴史の面白さが伝わったかと思います。
こちらは現在の稚内駅(昭和14年に稚内港駅より改称)。
大正11年に開業、昭和27年に移転して廃止された初代・稚内駅(跡)。
稚内港郵便局がある位置に初代・稚内駅があったそうで。
昭和13年に駅舎が移設され、後に2代目・稚内駅になる稚内港駅。
稚内副港市場内に再現された稚内港駅。
昭和13年に開業、昭和20年に廃止された稚内桟橋駅(跡)。
北防波堤ドームの東端に稚内桟橋駅があったそうです。
そして、昭和27年に移設されて開業した南稚内駅。
以上、稚内駅の歴史に登場する
駅のオールスターキャストでした!
稚内市内の駅(跡地含めて)をじっくり探索してきましたので、
少しずつではありますがブログにアップします。
しばしの間、お付き合いくださいね。
稚内駅の訪問記→【まったり駅探訪】宗谷本線・稚内駅に行ってきました。
稚内港駅→稚内副港市場内に再現された稚内港駅をのんびり眺める。
稚内桟橋駅→昭和20年に稚泊航路とともに役目を終えた稚内桟橋駅跡に行ってみた。
日本最北端の立ち食いそばに踏切に道の駅に…あ~っ稚内はすごい!












