皆さま、おばんです!
本題に入る前に、ちょこっとだけ石勝線のウンチクを。
石勝線は南千歳駅-新夕張駅-新得駅間の本線と
新夕張駅-夕張駅間の支線(夕張支線)を持つ路線ですが、
元は追分駅-新夕張駅(当時は紅葉山駅)-夕張駅を結ぶ夕張線で、
昭和56年に南千歳駅(当時は千歳空港駅)-追分駅、
新夕張駅-新得駅間が開通した際に、石勝線に編入・改称されました。
えきから時刻表より転載。
石勝線(南千歳駅-新得駅間)は札幌・釧路間のバイパス線として機能し、
これによって札幌駅-釧路駅間結ぶ特急・急行列車は
根室本線経由から石勝線経由に経路を変更、
特急列車で所要時間が80分ほど短縮されたのですよ。
なお、石勝線の元となった夕張線は明治25年に開通した路線で、
夕張炭田の運炭で栄えた時代もありましたが、
昭和52年の炭鉱閉山とともにローカル線に転落してしまいます。
そんな、北海道のローカル線の代名詞のような存在だった夕張線が
まさか、都市間のバイバス線に起用されるだなんて…
これはもう、鉄道路線の
シンデレラストーリーとしか言いようがありませんよね。
石勝線の本線に転用された旧・夕張線、追分駅-新得駅間の駅は
路盤強化に併せ、いずれも新駅並みに造り替えられております。
川端駅も、そんな駅のひとつでしたよ。
道内ではよく見かけるタイプの駅舎でして、
有人駅時代の木造駅舎を持つ駅の建て替えに
このパターンの駅舎が設けられるようです。
石勝線内では、お隣りの滝ノ上駅が同じ駅舎を持ちますよ。
待合室内は結構広めです。
隣の事務スペースだけストーブ付きか。
構内は相対式&島式ホームによる複合2面3線構造。
配線は、石勝線改修以前の夕張線時代と大きく変わっていないようです。


が、先にも書きました通り、
石勝線改修とともに川端駅も全面的に造り直されておりまして、
駅中止が追分駅方向に100メートルほど移動しているのですよ。
こちらは夕張線時代の昭和51年に撮影された川端駅ですが、
駅全体が西側(画像左側)に移ったのがわかりますよね。
土地が広い北海道の駅だから為せる業だと思います。
駅の場所が変わって、旧駅の面影はないだろうな…
なんて見てたらありましたよ。
写真の、赤い矢印の右隣りに写ってるの、これなのですよ。
川端駅は昭和37年に竣工した夕張川・川端ダムの最寄り駅です。
おそらくは竣工後、間もなくに作られたものだと思いますけど…
事務棟まで作られている点に製作者の几帳面さを感じる逸品でした。
あっ、跨線橋から見れる一番左のひょろっとした側線も
客車の元まで階段が繋がっており跨線橋から降りられるようです。
ここにある2両の客車、
てっきり国鉄末期に払い下げされた客車かと思いきや、
昭和63年から平成7年まで小樽駅-ニセコ駅間で運行されていた
SLニセコ号(C62 3牽引)用の客車なんですって。
車番はスハフ44の11と27。
廃車後にこの地(ユニトピア川端パークゴルフ場)で
レストハウスとして使用されていたそうです。
客車はレールの上に置かれていてTR47台車もバッチリ見えますよ。
今や貴重な存在の旧型客車ですが、
気になるのはユニトピア川端さん自体が廃業してたということです。
隣接しているタワーも廃墟同然の様子でしたし、
客車たちもすんなりと解体…にならなければいいのですが。
ブログを書き始めると熱くなって、
画像のアップロードが止まらなくなってしまう自分。
今回、19枚も挙げてしまいどうもすみません。
石勝線
↑(南千歳駅方面)
(追分駅)
川端駅(平成27年10月20日)
↓(新得駅方面)














