皆さま、こんにちは!
陸羽東線・南新庄(みなみしんじょう)駅です!
陸羽東線と言えば、全線が単線な路線ですけど
南新庄駅はもう一本、線路が並走して
見た目はまるで複線区間なのです。
その理由はすぐにわかるはずです。
新幹線の「つばさ」が駆け抜けて行きました。
この線路は山形新幹線(奥羽本線)だったのですね。
新庄駅から西側(山形駅方面)の区間は
4キロほど陸羽東線と奥羽本線(山形新幹線)が並行し、
南新庄駅を過ぎた辺りで分岐するのですよ。
以前のブログ記事 にも書きましたが、
そんな理由から双方の列車に乗ると
列車同士のデッドヒートが楽しめるのでした。
以下は過去のブログ記事の丸写し。
南新庄駅での体験です。
午後4時16分、最初に姿を現したのは、
奥羽本線の普通列車よりも1分早く新庄駅を出発した
気動車と言えど加速力抜群のキハ110。
その後に奥羽本線の701系電車が通過しますが
新庄駅-南新庄駅間はわずか1.5キロしかありません。
701系が電車だといっても
追いつくことは出来なかったみたいですね。
しかし陸羽東線のキハ110はなかなか発車せず。
勝負する気ははなっからないのか?
そうこうしているうちに、
キハ110はゆっくりと南新庄駅を発車しました。
…とその時!
後方から軽快なジョイント音を響かせながら、
以上、以前のブログのコピペでちょちょいと。手抜きでどうもすみません。
ちなみに並走区間内にある南新庄駅ですが、
ホームがあるのは陸羽東線側だけ。
奥羽本線の列車はすべて通過します。
南新庄駅は陸羽東線の駅ですからね。
そんな南新庄駅は
昭和19年に開業した鳥越信号場を
昭和35年に昇格して開業した駅です。
鳥越信号場は興味深い歴史の持ち主でして…
ちょこっとだけ紹介します。
奥羽本線は明治36年に開通、
その後の大正4年に陸羽東線が開通しました。
当時は現在と同様、
2線の線路は並走するカタチで敷設されてましたが
戦争が激化すると物資(レール)を供奉するために
昭和19年に単線化(両線を共有化)、
こちらは昭和23年に撮影された鳥越信号場の航空写真です。
丸印が現在の南新庄駅がある地点。
信号場は南新庄駅よりもやや北側に設置されたようですね。
その後、昭和35年に
線路は再び元の単線並走状態に戻されまして鳥越信号場は廃止、
新たに設けられたのがこちらの南新庄駅でしたの。
ちなみに奥羽本線・新庄駅‐舟形駅間には、
平成11年の山形新幹線新庄駅延伸の際に廃止された
鳥越信号場がありましたが、
こちらは奥羽本線の輸送力増強のために設けられた2代目の信号場。
南新庄駅の歴史には関わりはなさそうですね。
そんな歴史的経緯から、並走区間ながらも
なにやら一般人には理解が出来ない標識が立っている、
正しくは通過します…ですけど。
奥羽本線側にもホームが出来ればすごく便利になるのに…とも思ったのですが、
南新庄駅の乗降客数は1日10人にも満たないとかって。
そりゃ無理だわ。
訪問駅リスト(JR線)
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南新庄駅(平成26年5月25日)
↓(新庄駅)
















