皆さま、こんにちは!
今日も美祢線の駅をいっちゃいます。
美祢線・四郎ヶ原(しろうがはら)駅です!
山口県下を走る美祢線、
明治38年から大正13年にかけて全通した路線なんですけど、
何がすごいって、途中にある11の駅のうち、
中心地にある美祢駅・南大嶺駅、
そして昭和33年に開業した板持駅以外の駅はすべて、
しかも、それらはすべて無人駅でしたの。
もし美祢線が駅舎の難燃化対策に力を注ぐJR東日本圏内の路線でしたら、
これらの木造駅舎はすべて解体されていたはず。
そんなことで、有人駅時代の大きな木造駅舎が残る美祢線は、
駅ファンにとってはパラダイスな路線でした。
この駅の駅舎も開業当初に造られてモノとのことで、
改めて四郎ヶ原駅の開業年をしらべてみると…
明治38年!?
そうなのです。
この駅舎、実は今から110年も前に建てられたものだったんですよね。
ユネスコの世界遺産採択で沸く富岡製糸場が建立されたのが明治5年。
その33年後に建てられた四郎ヶ原駅。
もし30年後もこの木造駅舎が残っているようでしたら、
世界遺産とは言わなくても、
経済産業省が認定する産業遺産くらいには
選ばれてもいいような気がしますが。
この駅名を聞いて自分、
おそらくは地元にいた四郎さんにあやかった駅名ではないかと
勝手に想像をしてみました。
仙台には仙台四郎という方がおりますので、
そこで、美祢線名物の駅名案内看板をチェックしてみると…
「四郎が住んでいた広い野原があって…」
そのままやん。
四郎ヶ原駅の駅名由来は大当たり!
あまりにも大当たりし過ぎて、感動もへったくりもありませんでしたが。
ネットで戦前(昭和19年)に撮影された
四郎ヶ原駅の航空写真を見てみましたが、
北側にあった貨物ホームが失せてしまった以外は、
駅の景色も街の様子も変わっていなさそうでした。
国鉄の歴史って、明治5年10月14日の
新橋駅‐横浜駅開通が起源になっておりますので、
90周年ということは1962年、つまり昭和37年か…
この石碑、50年も前からここに立っていたモノだったんですね。
何気にすごいわ。
しつこいようですけど、東日本圏内にあれば
間違いなく観光名所レベルになってたはずの四郎ヶ原駅です。
こんな駅がゴロゴロしている美祢線があるなんて…
山口県内のファンの皆さま、本当に羨ましすぎますよ。
訪問駅リスト(JR線)
美祢線
↑(厚狭駅方面)
湯ノ峠駅(平成26年6月4日)
厚保駅(平成26年6月4日)
四郎ヶ原駅(平成26年6月4日)
南大嶺駅(平成26年6月4日)
美祢駅(平成26年6月4日)
重安駅(平成26年6月4日)
於福駅(平成26年6月4日)
渋木駅(平成26年6月4日)
長門湯本駅(平成26年6月4日)
板持駅(平成26年6月4日)
↓(長門市駅方面)









