皆さま、おはようございます!
松本駅から新島々駅まで延びるアルピコ交通上高地線。
新島々駅のホームに立つと、あることに気づきます。
新島々駅は終端駅だというのに、
松本駅側とは反対方向にまっすぐ線路が延びているんですよ。
かつて、ここから1,3キロ先には島々駅と呼ばれる駅がありまして、
昭和58年まで上高地線の電車は、
松本駅と島々駅の間を行き来していたんですよ。
今回は、正式には昭和60年に廃止となったこの区間のことを
書かせていただきます。
なお、ブログ仲間の黒羽さんが、
この区間の廃線跡の様子を克明に記録されております。
ぜひ、その様子もご確認くださいね。
本当に貴重な写真揃いですから。
(黒羽さんのブログ記事)
松本電鉄を見て参りました、昭和62(1987)年8月15日<前半>
雪のせいでとっても見づらいですけど、
しばらくは架線が張られている区間が続きます。
廃線区間に架線とは、ちょっとビックリですよね。
やがて架線は途切れますが、
一目で鉄道の路盤とわかる築堤がその先も延びておりました。
(赤丸で記したところです)
30年以上も使用されていない鉄橋が、
今でもこうして残っているんですよ。
この先から、路盤の状況が確認しづらくなるのですが…
新島々駅と島々駅を結ぶこの区間が廃止になったのは、
昭和58年に発生した台風による土石流で
路盤が流失してしまったのが原因だったのです。
元々は上高地や白骨温泉のアクセス駅として栄えた島々駅ですが、
駅前にあったバスターミナルはとても狭く、
昭和41年にバスターミナルを当時の赤松駅に移転、
駅名を現在の新島々駅に改称したんですよ。
街の中心を島々駅から新島々駅に移したわけです。
そんな経緯もあって、
災害発生後は復旧作業は行われないまま、
2年後、正式にこの区間は廃止になってしまったようで。
この辺りの路盤の位置が確認しづらくなった理由も、
ここが土砂災害の発生個所だったからのようですね。
上高地線に並行する国道158号線は
やがて道幅が広くなりますが、
自分が立っている位置が上高地線の廃線跡で、
奥にクルマがある位置(ちっちゃくて見えるかな?)が
島々駅があった場所。
道路の拡張工事によって鉄道用地が転用されたために、
その姿はすっかり失せてしまいました。
黒羽さんのサイトをチェックくださいね。
なにもかもが消失してしまったように見える島々駅の面影ですが、
こんな所に残っておりましたのよ。
左に見える大きな建物ですが、
こちらはなんと、島々駅が現役当時から営業されているという
下は昭和25年に撮影された島々駅の航空写真ですが、
山麓島々館の姿もバッチリ写っておりましたよ(赤丸印のトコです)。
航空写真を見ての通り、
現在の国道に接した面はお店の裏側でして、
もともとのお店の正面は旧国道側にあるのです。
島々駅が記されているじゃないですか!
それだけじゃありませんのよ。
山麓島々館さんの向かい側には
アルピコ交通のバス停看板が置かれていて、
ここがかつてバスターミナルがあった場所であることも
その他にも、国道脇には架線柱であった木柱もあるのですが、
一応、ど真ん中のまっすぐ伸びる柱が架線柱なんですけど…
こうして上高地線の廃線跡巡りを終えたのですが、
廃線マニア、駅ファンでしたら
絶対に外せないスポットが新島々駅前にありました。
なんと、島々駅の駅舎が現存しているのです!
黒羽さんのサイトの島々駅の画像も要チェックですぜ。
平成2年に施工された新島々駅の駅前整備の際に
廃線後も放置されていた駅舎を現在地に移転、
波田観光案内所として活用されているんですよ。
これをレプリカと記しているサイトも多いですが、
間違いなく当時の駅舎そのものですよね。
観光シーズン中は駅舎内にも入れるんですって。
今はシーズン中じゃないのかしら?
新島々駅周辺には他にも面白いモノがあるのですが、
こちらはまたの機会に。
それにしても、
廃線跡巡りは雪シーズンにするもんじゃないですね (;^ω^A
真っ白で、なにがなんだかサッパリわからんし。
※アルピコ交通上高地線ですが、
開業当時は筑摩鉄道(→松本電鉄)島々線です、念のため。














